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いま読み返すべきC.ジョンソンの「軍事ケインズ主義」についての論説 [メディア・出版・アート]

(16時、一部の注番号を修正)
すぐ前の記事で出てきた「軍事ケインズ主義」という言葉は、ロシアのウクライナ侵攻に関する英国の地理学者の論説(3月2日のブログで紹介)の中で使われていましたが、この言葉が示す現象については、古くはアイゼンハワーの離任演説にある「軍産複合体」[1]などの言葉で古くから広く知られています。また、2016年にフジテレビの「池上彰緊急スペシャル!! なぜ世界から戦争がなくならないのか」というテレビ番組[2]で、分かりやすく説得力を持って解き明かされていました。

この言葉が論文の中で初めて使われたのは、チャルマーズ・ジョンソンが2008年1月に発表した論説 "Why the US has really gone broke" の中においてのようです。(岩波「世界」2008年4月号に訳、次で無料公開されている。)
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=200804111727305
原文も公開 https://mondediplo.com/2008/02/05military

sekai08apr-p44.jpegこの論説発表からすでに14年経っていますが、現在もこれと同じような構造が、つまりアメリカの「公共事業」の相当なウェイトを軍需つまり「戦争事業」が占めており、政治を軍産複合体が大きく支配しているという構造は変わらないと思われます。この論説が予測するようなアメリカの破綻が起きなかったのは、その後のGAFA[3]など、世界的IT企業の興隆のおかげであろうと想像します。

中国と台湾の間の軍事緊張やDPRK(北朝鮮)のミサイル実験などを前にして、これらの国を軍事的脅威として、日本の軍拡を容認ないし推進する論調がはびこっているようです。これらの国の、そして日本も含めいかなる国の軍拡も近隣国にとっての脅威であることに間違いありませんが、その一般的認識以上に、中国・北朝鮮の2国を一方的に攻撃的と断じ、そしてこれに対抗するアメリカをほぼ無条件に「民主主義陣営」であり純粋に「抑止力」とみなす、という前提が幅広くあるように思われます。もちろん、アメリカも過去に誤りや失敗を何度か繰り返したことは認めるでしょうが、それはまるで、世界の警察官としての活動の中で「たまたま」起こったことのように見なすかのようです。決してアメリカ自身が世界で起きる少くない戦争の原因、起点であるとは考えない、そのような見方、姿勢です。

しかし決してそうではなく、アメリカ自体がいわば戦争製造国であるという分析をしたのが、上記のチャルマーズ・ジョンソンの論説です。その現れ方は、たとえば前の記事で紹介した藤原帰一氏の最新の論説で、「...ベトナム戦争からイラク戦争に至るまで、アメリカが行った軍事介入は、...行われた侵略の数においても規模においても際立っている」と指摘されているとおりです(引用部分にジャンプ)。

そういうわけで、いま「世界」の12年前の論説を読み返して見るのは有意義と思われます(おそらくもっと新しい同様の分析も多くの論者によってなされているとは思いますが)。中国や北朝鮮の軍事的脅威だけを一面的にあげつらって大局を見失わないために、そして何よりも、日本が軍拡によってアメリカと同じ轍を踏まないために。いったん軍拡が進むと(既に相当に進んでいますが)、縮小させるのはとても困難です。

そこで例によって、この論説の重要箇所のアンダーラインの代わりに、切り抜きを作ってみました。
目次(原文ではなく、切り抜きの)
軍事ケインズ主義とは防衛費を記す数字は信用できない見えない軍事予算今に始まった話ではない1950年の報告書NSC68が起点頭脳のブラックホール

軍事ケインズ主義とは
2008年初頭のアメリカの債務危機の特徴を挙げる中で、この言葉の定義がなされる。
・・国内の製造基盤が止めどなく衰退し、海外に仕事を次々と奪われていっても、巨額の軍事費を支出していれば十分に経済を支えられると、いまだに信じられている。これが軍事ケインズ主義と呼ばれる思想である。近著(Nemesis: The Last Days of the American Republic[4])で、この思想について詳しく解説した。ここに私の定義を述べよう。軍事ケインズ主義は、戦争を頻繁に行うことを公共政策の要とし、武器や軍需品に巨額の支出を行い、巨大な常備軍を持つことによって、豊かな資本主義経済を永久に持続させられると主張する。これは誤った信仰である。実際は、まったく逆だ。

防衛費を記す数字は信用できない
国防総省に関する新聞記事をいくつか選んで、ざっと目を通してみれば、防衛費に関する統計が大きく食い違っていることに気づく。防衛予算の3割から4割が「ブラック」と呼ばれる項目で、ここに極秘プロジェクト向けの支出が隠されている。いったい何が含まれているのか、支出の合計額が正確なのか、確かめる方法はない。
防衛予算を巡って、このようなまやかしが行われるのには数多くの理由がある。大統領をはじめとして、国防長官も軍産複合体も事実を隠したがることがまずあげられるだろう。しかし理由の最たるものは、上下両院の議員たちが持つ利権である。議員は自分の選挙区に、防衛関係の企業や事業を誘致して、雇用機会を増やし助成金を獲得することで、計り知れない利益を得る。国防総省を支持することが、自分たちの政治利益に直結している。

見えない軍事予算
まだこのくらいで驚いてはいけない。アメリカ軍事帝国の全貌が明らかにならないように、政府は長年にわたって、軍事に関連する大きな支出を、国防総省ではなく、他の省庁に割り当てた予算の中に隠してきた。たとえば、エネルギー省の予算に組まれた234億ドルは、核弾頭の開発と管理に使われる。国務省は253億ドルを(おもにイスラエル・サウジアラビア・バーレーン・クウェート・オマーン・カタール・アラブ首長国連邦・エジプト・パキスタンなど)他国の軍隊を支援するために投じる。この他にも、国防総省の公式予算外で10億3000万ドルが必要となっている。無理な兵力配備を続ける米軍は、新兵を補充し古兵の再入隊を促すために報償費を増やしたからだ。イラク戦争が始まった2003年には、わずか1億7400万ドルだった。

今に始まった話ではない
この過剰な軍事支出は、ここ数年で発生したものでもなければ、単にブッシュ政権の政策が生み出したものでもない。これは、まことしやかなイデオロギーに基づいて、長年にわたって積み重ねられてきたものだ。軍事支出を続ける仕組みは、もうアメリカの民主政治体制に深く組み込まれていて、いま大惨事を招こうとしている。このイデオロギーを「軍事ケインズ主義」と呼ぶ。なんとしても戦争経済を永遠に続け、軍事に金を使っていれば経済を潤すと信じるイデオロギーである。しかし軍事支出は、通常経済の生産にも消費にも何ら良い影響は与えない。

1950年の報告書NSC68が起点
NSC68は結論で次のように述べている。
「アメリカ経済は、効率を十分に高めれば、民間消費以外の目的にも膨大なリソースを提供することが可能であり、同時に高い生活水準も維持できる。これが第二次世界大戦の経験から得た最も重要な教訓のひとつである」 この結論に基づき、アメリカの戦略担当者たちは、大規模な軍需産業の構築に向けて舵を切った。目的は、(常に過大評価していた)ソ連の軍事力に対抗すること、完全雇用を実現すること、そして恐慌の再来を回避することだった。その結果、ペンタゴンの主導で、大型航空機・原子力潜水艦・核弾頭・大陸間弾道ミサイル・監視衛星および通信衛星などを製造する新しい産業が続々と生まれた。この変貌を目の当たりにしたアイゼンハワー大統領は、1961年2月6日の退任演説で、こう警告している。「巨大な軍隊と大規模な軍需産業が結合した。アメリカが、かつて経験したことのない出来事だ」。軍産複合体の台頭である。
1990年には、武器と機器と軍需専業工場が持つ資産価値の合計は、アメリカ製造業全体が有する資産価値の83%を占めるようになる。1947年から1990年までの軍事予算は累計8兆7000億ドルだった。ソ連が崩壊した後も、軍事ケインズ主義への信奉はむしろ強くなったろう。軍の内外に既得権益が網の目のように張り巡らされているからだ。

頭脳のブラックホール
国内の大手製造業をことごとく国防総省の専属企業にして、何の投資価値もなく消費もできない武器という製品を作らせ続けたために、民間の経済活動が停滞していった。60年代には、この事実が明らかになってゆく。歴史家のトマス・ウッズ・ジュニアは、50年代から60年代にかけて、国内の優秀な研究者の3分の1から3分の2が軍需産業に流出したと見ている。こうして民間が資金や頭脳を失った結果、どれだけの技術革新が実現されなったことか。もちろん、それを知るすべはない。しかしアメリカは、60年代になって、日本が生産する家電や自動車など種々の消費財が、デザインも品質もアメリカ製より勝っていることに気づくようになる。
核兵器の例を見れば、ことの異常さに息をのむだろう。40年代から1996年まで、合衆国は、核兵器の開発・実験・製造に5兆8000億ドル以上を費やした。備蓄がピークに達した1967年には、3万2500発もの配備可能な原子爆弾と水素爆弾を保有していた。結局、幸いながら、1発も使われることなく無駄になった。
このように政府は、雇用の維持だけを目的に、不必要な仕事を作り出すことができる。軍事ケインズ主義の本質がここに見事に示されている。軍事上の秘密兵器だった核は、アメリカにとって経済上の秘密兵器でもあった。2006年になっても、なお9960発が保有されている。正気を失わないかぎり、今日いかなる使い道もない代物だ。
ここに費やされた何兆ドルもの資金は、さまざまな問題を解決するために使うことができたはずだった。社会保障を充実させ、国民皆保険を導入することもできた。教育の質を高めて、誰もが高等教育を受けられるようすることもできた。高度な技能職がアメリカ経済から流出することも、きっと止められたに違いない。
かつてアメリカが陥った、知的才能を軍事に浪費する罠に、いま日本が陥ろうとしているのではないでしょうか?
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[1] アイゼンハワー大統領の退任演説で有名。全訳をこちらで紹介しています。
https://pegasus1.blog.ss-blog.jp/2008-04-02
直接リンクはこちら
http://ad9.org/pegasus/kb/EisenhowerAddress.html
[2] ブログでTV画面の静止画を多数紹介しています。
前半部分 https://pegasus1.blog.ss-blog.jp/2016-02-18
後半部分 https://pegasus1.blog.ss-blog.jp/2016-02-13
[3] GAFA
Googleは2004年8月19日に最初の株式公開、Facebookは2004年に創業、Amazonは1995年7月、オンライン書店としてのサービスを開始、
Appleは、デジタル家庭電化製品への注力を反映させて2007年にこの社名に変更、また同年にiPhoneを発売。
[4] 仮題『報復の女神ネメシス アメリカ共和国最期の日々』とのこと
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