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三崎亜記の「となり町戦争」を読んで [メディア・出版・アート]

 三崎亜記の「となり町戦争」*を読んだ.戦争や,組織と個人について,すばらしく風刺精神あふれる作品だ.作者が福岡県出身でしかも久留米市在住ということなので,大いに応援したいと思う.
 多くの人が論評したこの作品の中心テーマから少し離れて,特に目を引いたくだりを二カ所紹介したい.(末尾にコメント)
 
(46ページ)
 「ねえ香西さん。いったいこの町にとって今回の戦争はビんな意味を持っているんだろうか? 九月に戦争がはじまって、広報の数字を見るだけでももう百人近い戦死者が出ている。そこまでして、なぜとなり町と戦争をしなければならないんだろうか?」
 次々に流れていく点滅信号に照らされて、香西さんは前を向いたまま答えた。
 「自治体行政の運営においても、一般の会社とおなじようにマネジメント感覚が求められだしていることは、あなたもご存知かと思います。もはや自治体は税金を徴収してその上に安穏としていられる時代ではないし、実際問題、地方自治体の財政状況が非常に厳しい中で後ろ向きにならずに、いままでの事業の転換、そして新事業の開拓を推し進める姿勢が必要です。そうした様々な事業が相互に関連しあっていく中で、総合的な視点で事業運営をしていかなけれぱなりません。例えぱ、区画整理事業は、住みなれた家を追われ、しかも敷地面積も減少するという負担を住民に強いるわけですが、それによって将来にわたっての街の住みやすさ、地価の上昇が確保されるわけです。今回の戦争事業も、確かに短視的にみれぱ百人の犠牲は大きいかもしれません。しかし私たち行政を担う者は、常に五年先、十年先の町のありようを視野に入れて動いていかねばならないのです」
夜の町が流れるかのごとくに横を通りすぎていく。

(88ページ)
 その後も「戦時負担金は世帯の家族数に応じて計算するそうだが、うちの息子は他県の大学に行っていて住民票は移していないが、その場合は?」「実際の家屋の損傷だけではなく、騒音なども補償の対象になるのか?」「一箇所以上で戦闘が行われる場合の迂回路はきちんと確保されるのか?」などの質問が相次ぎ、それに対して室長補佐、コンサルティング会社の男、そして香西さんがあいついで回答した。
 不思議だった。住民達の質問は、自分たちの、日常の利害の問題に終始していた。僕は思っていた。こうした説明会の場では、一般の住民の戦争に対する思いのようなものを聞けるのでは?と。だからこそ説明会に参加する気になったのだ。今日の雰囲気では、住民たちは戦争を歓迎はしていないが、しなければならないものとして、積極的にではないが、協力する意志を持っているようだった。
 やがて住民からの質問も途絶え、頃あいを見計らって室長が前に立った。
「他に質問ございませんでしょうか?…ないようですので、それでは今日の説明会を……」と、説明会終了を宣言しようとした時だった。
 「ああ、ちょっと待って」
 僕の前に座っていたコートの男が、室長の言葉をさえぎった。
「根本的なことを聞きたいんだけど」

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最初の部分は,「効率」や「マネジメント」という言葉への人々の「付和雷同」ぶりを見事に皮肉っている.つまり目的と手段の逆転.
 後の方は,どんな重大な問題に直面しても「実務」にしか目が行かない,人々の愚かさを浮き立たせている.ここを読むと私はどうしても,「国立大学独立行政法人化」**をめぐっての教授会や組合の対応のことを連想してしまうのだが.

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* 第17回小説すばる新人賞受賞,集英社から昨年末刊行.
** 私も関わった反対運動のサイト.
 http://www003.upp.so-net.ne.jp/znet/znet.html

1401577.gif上は廃止.移転先はこちら→ http://ad9.org/pegasus/znet.html
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yamamoto

「作品の中心テーマから少し離れて」記事を書きましたので,では中心テーマを私がどう受け取ったかを述べておきます.それは,「ここで描かれた戦争は全くバカバカしいものだが,では実際の戦争はこれよりもバカバカしくない,と言えるのか?」ということです.
by yamamoto (2005-08-19 13:27) 

ありえ

「週刊アリエセブン」の高橋ありえです。
いたらない幼稚な自分のブログを読んでいただいて本当にありがとうございました。さっそく、このペガサス・ブログ版を読ませていただきました。
読んで、びっくりです。
“戦争・・・じ、事業”!?

“戦争”なら、マイナス面が多いから、日本はおこすつもりは無いだろうという感覚がありますが、“戦争事業”なら、利益を生みそうな感じがあって、まるで“日本にもできる戦争!”のようです。
ゾッとします。
さっそく三崎亜記の「となり町戦争」を読んでみます。

また、リンクされているHPも読みました。

私には、「戦争はおきないから、考えてどうする。自分の身の回りのことでいいじゃん」って感覚がありました。おそらく私世代ならこういう感覚は多いと思います。リンクされてた「戦前責任はある」に、戦争世代じゃなくても戦争ごとに関われるんだなって思いました。幼稚で変な意見ですが。
戦争をおこさない生活を私たちは心がけるべきです。
by ありえ (2005-08-22 14:33) 

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