フェイスブックやツイッターという手段が増えたため,ついついブログはお留守になってしまいます.もう少しで11月が空白になるところでした.突然の総選挙ということで,政治分野のメモを取っておきます.7月3日の記事
「左派・リベラル勢力は「烏合の衆」であり続けるのか?」の続編のためのメモのようなものです.(ところでフェイスブック(FB)というのは,一般公開に設定しておけばFBに登録していない人でも閲覧出来るのでしょうか?)
今でも自民党への支持が相対的に多数で,小選挙区制のもとではこの党の優位を覆すことは容易ではありません.そういう中で,沖縄県では画期的な,共産党を含む「野党共闘」が組まれました.「オール沖縄」の共闘で全部の4つの選挙区でそれぞれ別の党の単一候補に絞り込むことに成功したのです.22日の「しんぶん赤旗」で山下書記局長は,沖縄と違って「全国的には,わが党と他の野党との協力の条件はない」と述べたということですが,なるほどすぐにその条件が出来ることはないでしょう.しかしまた,沖縄県で出来たことが他都道府県で出来ないという理屈を見つけるのも難しいでしょう.
野党間、特に民主党と共産党の間の「政治的協力」について重要な指摘を紹介します.民主党に対して,その反省の「1番分りやすい示し方は,野党協力を民主から頭を下げて共産にお願いすることではないか?」と結論する一連のツイッターを,ブログ
村野瀬玲奈の秘書課広報室がまとめて紹介しています.事情通は「あり得ない」と一蹴するでしょうが,大きな変化が起きる時は事情通の予測は当たらないのかも知れません.
以下,いくつか提案ないしアイデアです.
「マスによるマスメディア」の提案共闘の枠組みが出来なくても,市民は自公を少数に追い込む活動は可能だと思われます.公選法は直接的な選挙運動でのビラ配布は制限していますが,一般的な政治宣伝,情報頒布を禁じているわけではありません(注1).政治・経済の実相を広く知らせるビラを大量に全戸または駅頭などで配布し,大手メディアが伝えない重要情報を伝えれば,結果的に自民党の票を減らせるでしょう.クオリティの高いビラをネットで共有し,個人でダウンロード,プリントし配布するゲリラ活動は有効ではないでしょうか.名付けるとすれば,
#マスによるマスメディア ないし
#メディアゲリラ .
#微力から多力へ .
(2016/11/29追記)あるいは,
#ご近所ポスティング ,
#マルチチュードメディア .
すでにこのような,政治のプロではない市民レベルの全戸配布活動は,脱原発運動で多くの団体,個人による経験と実績があります.選挙時だけでなく,常時このようなボランティア活動が行われることによって,一般国民の情報環境を相当変えることが出来ると思います(もちろん右派にとっても有力な手段ではあります).
展望を示す前の記事のコメントに静寂の矢さんが次のように書かれています(14.7.20).
「他社製品の悪口を言っているだけでは自社製品が売れるわけではないのと同じように、自民党の悪口を言っているだけでは、左派勢力のシンパは増えません。共産党や社民党などの左派勢力を支持する事のメリット、出来るだけ具体的なメリットを語る必要があります。」
全くそのとおりで,自公政権を倒し,左派(注2)が伸びることで実際にどのような展望が開けるかを,分かりやすく印象的な語り口で説くことが重要です.それが十分になされているとは思えません.
たとえば,消費税を下げても,儲かっている企業や富裕層から税金を取ることで,どれだけの財源が生まれ,それによってどれだけの福祉の充実が可能か,などなど,根拠ある議論が望まれます.また,ほとんどまな板に上がらない「特別会計」も白日の下にさらけ出す必要があります.
「トリクルダウン」など,それが有効かどうかの議論以前の問題で,そもそも金持ち以外の一般人を全くバカにした話です.これに人々が怒らないのが変.
行為によるプロパガンダ民主主義=1票と理解している人が多いように思います.そうではなく,合法的な集会やデモはもちろん,香港で見られたような「占拠」でさえ,機能不全を起こした,あるいは事実上の独裁に転化してしまった政治システムに“民主”を回復するためには必要です.
労働運動においても同様で,まともに交渉に応じない使用者側を裁判に訴える前に,まず,争議行為も含め当事者間で解決するのが原則でしょう.ところが,特に公務員やその同列と見なされている法人などでは,バッシングにおびえて「スト」など始めから除外しています.
このような態度はバッシング勢力をますます増長させるだけでしょう.ストをやって既成事実を作ってしまえばなんということもないでしょう.一時のバッシングに耐える覚悟があればいいだけのことです.ストではありませんが,大学の「学内デモ」に関して類似の経験があります.2年前に佐賀大学の組合は賃金引き下げ撤回を求める学内デモをやりましたが(
当ブログ記事参照),これを実施するまでは組合執行部はおっかなびっくりでした.なにしろ何年もデモなど見たこともないのです.当局はどう反応するだろうか,など心配する人が多かったのですが,やった後では皆満足で,「またやろう」という声が聞かれました.
ひとは言葉では説得されなくても,例えば,何らかの犠牲を覚悟した行為を前にしたとき,それは人の「情」に訴え,説得力を持ちます.ストライキもその一つです.左派やリベラルは従来,この人間関係の重要な要素を無視しすぎていたのではないでしょうか.
言葉だけでは,それがいかに理路整然としていて,もっともな議論であっても,人の心を動かすのは難しいと思います.--------
(注1)公選法138条 何人も、選挙に関し、投票を得若しくは得しめ又は得しめない目的をもつて戸別訪問をすることができない。
(注2)「左派」,「左翼」は,社会の平等を重視する人々という意味で使っています.