読み終わりましたので2日の記事の続きを書きます.

まず,非常に勉強になった,というのが感想だ.アメリカの政治の構造,特にその裏側については,もちろんある程度の常識は持っていたつもりだったが,とても目を開かせられた.

まず,アメリカの大統領とは何か,どのように作られていくのか,という問題だ.当然資本家や「軍産複合体」からの強い圧力にさらされ,「世論」よりもそれらの意向に従っているのだろう,また,表向きにせよ暗黙にせよ,その推挙を受けてこそ大統領になれる・・・このようなことはほぼ常識とされているだろう.しかし現実はそれどころではないようだ.

カーターやクリントンなど,中央政界ではほとんど無名だった人物が突然現れて大統領になっていくのを見て,「アメリカとは,しがらみや年功に支配されない,いかにもダイナミックな国だ」などとナイーブにも考えたものだが,全くそうではないらしい.著者タープレイによれば,カーターにしても,金融寡頭勢力を中心とした連中がはじめからお膳立てをして,彼をいわば俳優として選んだというのが実態だとする.なるほどそれで合点が行く.アメリカの政治を専門に研究する人にとっては,おそらくこのようなことは「常識」なのだろう.

そのような観点からオバマ大統領成立の経緯を分析し,その背後に金融寡頭勢力と,そのイデオロギー体現者としてネオコンに代わって再登場したブレジンスキーの問題を暴いている.再登場というのは,彼がカーター政権の重要人物だったからだ.

簡単に言うと,オバマ政権の黒幕であるブレジンスキーは「嫌ロシア」の報復主義者・謀略家であり核戦争も辞さない危険な人物であるとの主張だ.なるほどと思わせる部分を,少し長いが引用する.
(ヌーヴェル・オプセルヴァトゥール,99年1月の記事からの引用として)


記者/旧ソ連が,事前にアメリカによるアフガニスタン内部における秘密工作があり,旧ソ連はその挑発に応じただけだと侵攻を正当化したとき,誰も信じなかった.しかしながら,彼らの言い分には根拠があったわけだ.この点について,後悔はないか?



ブレジンスキー/何に対する後悔?あの秘密作戦はすばらしいアイデアだった.旧ソ連をアフガニスタンという罠にまんまとはめることができたのだ.何を後悔しろというのか?旧ソ連が正式に国境を越えたとき,私はカーター大統領に書信を送った.「我々はこれで,ソ連にベトナム戦争の苦しみを味あわせてやることができます」とね.(中略)結果的にソ連邦の崩壊を招いたのだ.(p.197)
そして彼ら「ブレジンスキー勢力」はファシズムを再現しようとしているとする.したがってファシズムとは何か,それは今日どのようにして引き起こされるのかという議論がこの本の大部分を占める.59ページの小見出し「銀行家による大衆運動としてのファシズム」は,有名なディミトロフの「金融資本のテロ独裁」というファシズムの定義を連想させる.

帝国主義による他国政府を転覆する手段の一つとして,投票の際の「出口調査」があるというのは驚く.勝手に数字を操作して「不正選挙だ」と騒いで動乱を引き起こすというのだ.なるほど「賢い」.

クシニッチも,自分が候補から撤退しオバマを支持したこと,これに関連して,オバマ当選の戦術上の配慮からブッシュ弾劾を事実上撤回してしまったことを批判されている.

アメリカによる他国干渉の手段として,「米国民主主義基金」(the National Endowment for Democracy, NED)だけでなく,アルバート・アインシュタイン研究所とその主宰者であるジーン・シャープ博士をやり玉に挙げている.後者は,民衆の「非暴力抵抗」のための調査研究など学問的な貢献をしている団体だが,これがなんと「大衆クーデターを画策する諸機関」という節の筆頭に挙げられている(p.269).しかしこれは問題だ.

ネット上で,日本人では田中宇氏など,ジーン・シャープ氏に対するこのような非難が多く見られるとのことだが,実はこれには多くの著名な学者が反論の「公開書簡」を出している.

Open Letter in Support of Gene Sharp and Strategic Nonviolent Action

署名者にはチョムスキーや,「市民的抵抗」(新教出版)の著者,イギリスのマイケル・ランドル氏,それにスエーデン・ゴーテボルグ大学のStellan Vinthagen氏が含まれる.後二者はファスレーン365の「大学人による封鎖」の仲間だ.(Stellanさんにこのウェブサイトが本物だと確かめた.)

このほかにも,繰り返しが多かったり,根拠や読者に検証手段を示さない断定があったり*,難点はあるが,それはマイナーな問題と見なすことが出来る.だた,「ブレジンスキー万能論」とも言えそうな,少し見方が極端なような気もする.また,最後の「民主化という名のファシズム」の章はあまり理解できなかった.

前回と同じように,気になるフレーズを少しだけ抜粋し,そのあとこれから漏れたキーワードを並べる.(カッコ内はページ数)
(ルカーチの引用)とりわけ哲学者の責任は大きい.哲学者は,発達する社会で理性が実際に果たす役割に応じて,理性の存在と発展を監視する役割を担っているからだ.(82)



ファシズムは常に,若者たちの運動という形を取りやすい.したがって現在の状況では,大学の知識人たちが徹底した反ファシズムの姿勢を見せることが何よりも重要なのである.(83)



ブレジンスキー勢力は・・・はるかに大きな広がりを持っている.「勢力」と呼ぶのは,アメリカの情報機関内で左派もしくは中道寄りの姿勢を示す人々全体を抱き込んでいるからだ.したがってブレジンスキー勢力には,CIAの戦略的左派が含まれる.(122)

キーワード,カッコ内はページ数

X世代とファシズム(101),アフマドフ(158),レンタル暴徒,カラー革命(160),ブリティッシュ・カウンシル(251),世論調査,出口調査(276)

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* 一例としては86ページの「地球温暖化の圧倒的な原因は,太陽活動の変化によるものであるにもかかわらず」との一節が挙げられる.自然科学者でもない著者が,専門家にとっても非常に複雑な問題について「断言」できるとは考えにくい.