(末尾に追記.2011年11月28日)
護憲派の議論で欠けるもの,あるいは不足するものの一つに,侵略に対して国家や社会をどう防衛するかという問題がある.これを補うかもしれない方法論を見つけた.
以前の記事「マイケル・ランドル氏にこそノーベル平和賞を」の中で紹介した「市民的抵抗」(新教出版,2003年)という本に「代替防衛*とは何か」という章(第5章)がある.
この本は,圧政や政府の違法行為に市民が非暴力で抵抗する方法について述べたものだが,この章とそれに続く部分では,市民的抵抗(非暴力抵抗)を,軍隊に代わるものとして国防に応用することを論じている.それが実際に成功した例として,バルト三国に対するソ連の侵略の阻止(90−91年),さかのぼって68年のチェコスロバキアでの市民の抵抗を挙げている.古くはナチに抵抗したデンマークの事例を,もちろん全面的な成功ではないが,「人間的・文明的諸価値を生かし続けた点で大きな貢献をなした」と評価している.
九条擁護派に対する改憲派の突っ込みの最大のものは,「もし外国に攻められたらどうするのか」というものだ.これに対する護憲派の対応としては「そのような可能性はほとんどない」というものが多いが,もちろんこれは完全な回答ではない.だれも「絶対ない」とは言えないし,現に今,沖縄の状況を見れば明らかなように,我が国はアメリカに「攻められてしまった」状態にある.(これに対してどう「防衛」すべきか,改憲派の意見を聞きたいものだ.自衛隊を使って米軍を追い出すべきだというのだろうか?つまりもう一度日米戦争をやるのか?)
この章と続く6章の「市民的抵抗の戦略」では,非暴力抵抗を国防に応用した場合の有効性や限界,そしてその危険性にまで,多くの文献を引用しながら論じている.このような議論は,我が国の護憲派の中で最も欠けていた部分ではないかと思う.
引用される多くの研究者の中に,ジーン・シャープ(Gene Sharp)という人がしばしば出てくる.この人はAlbert Einstein Institutionという市民団体を作って組織的な活動もしている.しかし田中宇氏によると,これがCIAに利用されているというのだ.「イラク化しかねないミャンマー」[リンク修正2023/2]という記事から少し引用すると・・・
・・・
シャープは、世界の人々を幸福にするために活動を開始したのかもしれないが、彼の活動は、アメリカと敵対する国々の政府を内側から崩壊させられる不正規戦争の手法としてCIAや国務省の注目するところとなり、本来の目的から逸脱していった。
(中略)
シャープの活動の歴史を見ると、反米諸国の政府を内側から転覆させる運動は「世界の人々を圧政から解放する」という建前とは裏腹に、アメリカの戦争行動や世界支配の一端を担っていることがわかる。特に近年は、イラク占領の失敗によって、米政府が進めてきた反米諸国の民主化が、実はアメリカのエゴに基づいた汚い戦略だったのだというイメージが世界的に定着し、シャープの活動も、米政府が行う悪事への加担として見られがちになっている。
自分で調べたわけではないのでこれが当たっているかどうか分からないが,抜け目のないCIAのことだからやりかねないだろう.しかしシャープが現在やっていることがどうであれ,彼の研究そのものまでが全否定されることはもちろんないだろう.我が国の左翼・護憲派はこの分野の,つまり「国防」の手段としての非暴力抵抗の研究にぜひ参入しなければならないと思う.Albert Einstein Institutionの文献リストのページを是非ご覧頂きたい.
http://www.aeinstein.org/organizations892f.html
* 原語は“alternative defense”と思われる.
2010.11.28追記:コメント欄からの転記と,捕足です.
アルバート・アインシュタイン研究所とジーン・シャープについて上記のような非難に関して,ごく最近(コメント書き込み時で)の反論を見つけました.マイケル・ランドル氏だけでなく,ノーム・チョムスキーなど,多くの著名な学者が署名しています.
Open Letter in Support of Gene Sharp and Strategic Nonviolent Action http://www.stephenzunes.org/petition/
補足:
ファスレーン365の
Academics Blockadeの仲間であり,また最近シャープ本人と会ったと言うスエーデン・ゴーテボルグ大学のStellan Vinthagenも,上記の田中宇氏のような見方を否定していました.
関連記事:
「攻められる」ことと「攻める」こととの等確率性--数学における平和教育自衛隊の存在そのものが違憲である(リンク多数)