丸善の「パリティー」1月号の,「いま,電磁波が危ない?」という記事には実に驚いた.二重の意味でである.わずか35マイクロテスラ(0.000035テスラ)の低周波磁場でDNA鎖が切断されるということと,2年も前に権威ある機関から発表されているのに,日本では報道がゼロに等しいこと(私もこの記事で始めて知った),この両方である.

発表していたのは,市民団体でも一研究者でもない.“REFLEX”というEU(ヨーロッパ共同体)の公的なプロジェクトである.たしかに,高圧送電線の近くの住民に白血病の頻度が多いという疫学調査の結果については聞いたことがあったが,これは実験室内での研究成果で,再現性もある.

「テスラ」は磁場の単位だが,比較のために身の回りの例を挙げると,地球磁場が数十ナノテスラ,文房具のマグネットクリップの表面が数十ミリテスラだから,上の35マイクロテスラというのはちょうどこれの間くらいになる(つまり地磁気の千倍で,マグネットクリップの千分の1).もっとも実験は50ヘルツ(家庭の電灯線と同じ)という低周波の交流磁場で,地磁気や磁石のような静的な磁場ではないという違いはある.
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 ナノ  =10の-9乗,つまり十億分の1
 マイクロ=10の-6乗,つまり百万分の1
 ミリ  =10の-3乗,つまり千分の1

携帯電話のような高周波電磁波についても研究されており,これも日本で「許容量」として定められている2ワット/キログラムの数分の1の照射でDNA鎖の切断が起こっている.

次のサイトに報告書のオリジナルがある.
http://www.verum-foundation.de/cgi-bin/content.cgi?id=euprojekte01
このページで,右の,REFLEX Project Summary をクリックすると,3ページ弱の要約が読める.実験はすべて培養細胞で,つまり「試験管中」で行われたもので,動物実験ではない.したがってこのまとめの中にも,「このデータは電磁波の健康へのリスクを否定するものでも,肯定するものでもない」と書かれている.これを確認するには,動物実験や,ヒューマン・ボランティアによる研究が必要だとも述べている.

しかし,「試験管中」とは言え,細胞レベルでの明白な影響が確認されたのは間違いない.本当に確認されるのは疫学的研究によってであろうが,これは多くの被害者の出現が前提となり,「イエス」の結論が出たときにはすでに遅すぎる,そういうたぐいの問題なのだ.したがって,身の回りで電磁波を多様することには用心深い必要がある.

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一般の人にとっては余計なことと思いますが,物理/化学系の人間にとってこの結果がいかにも奇妙に思われる理由を一言付け加えます.原子・分子レベルでのエネルギーのやりとりは「量子」と呼ばれるひとかたまりの単位で行われ,電磁波の場合のそのエネルギーは,6.6x10の-34乗に電磁波の周波数をかけたものです(周波数をヘルツの単位で入れるとジュールの単位で答えが出ます).周波数の高い携帯電話の電磁波でも,それは生体分子に何らかの変化を起こすには桁違いに小さいので,「常識」ではあり得ない話なのです.私にとってもそうで,ケイタイの程度の弱い電磁波が生体に影響するはずはないと思っていたのですが,これとは違ったメカニズムを考えなければならないようです.報告書でも,メカニズムは不明だとしています.

携帯電話では,いわゆる「ケイタイ」の電波が800ミリワット程度,PHSが10ミリワットですから,80倍もの開きがあります.用心深くあろうとすれば当然PHSを使うべきですし,私もPHS派ですが,なぜか大勢はケイタイですね.しかもPHSがなくなりそうですし,困ったものです.