金正日も真っ青*の思想統制が,21世紀の東京で行われている.あるいは,歴史の中の話と思われていたキリシタンへの「踏み絵」の実例が,今見られるのである.

 思想・信条の自由とはとりもなおさず何事かに「こだわる」自由のことであり,それ以外ではない.隠れキリシタンはマリアの像に「こだわって」命を奪われた.東京の公立学校の先生たちは,「日の丸・君が代」に「こだわって」,処分を,つまり重大な社会的・金銭的不利益を受けている.メールなどでそのひどさを知ってはいたが,ようやく東京新聞が報道した.

特報 『君が代』強制 都立高卒業式の現状
http://www.tokyo-np.co.jp/00/tokuho/20050313/mng_____tokuho__000.shtml

大新聞は相変わらず「ホリエモン」のことが何よりも重要というのだろうか.

この問題で活発に動いている「自由の風ネットワーク」にも注目.
http://comcom.jca.apc.org/freedom/

* 独裁者を引き合いに出しただけで「排外主義的」ということにはなりません.念のため. むしろこのようなレトリックを使うことが,迂回的な論理なので説明が必要ですが,排外主義の助長を妨げると思います。(以下3月20日追記)つまり,右派の専売品となっているこのような言説を左翼が用いることで,このレトリックの持つ不当に高い価格を引き下げるのです.ニッポン放送の「増資」と同じです.