先日の記事「年金からの天引きは,刑法の窃盗罪に当たるのでは?」で,「天引き」の合法性について疑問を出しました.読まれた皆さんも,たしかに「人の懐に手を突っ込むようなやり方」だが,当然抜け目なく合法化しているはず,と思われているでしょう.そこでその点を関係法規の条文に即して検証してみました.「物理屋の法律談義などに付き合うヒマはない」とこのページをクローズされてしまわないよう,ちょっとばかりこの方面での「業績」を前宣伝します.
その1 しんぶん赤旗に先月27日,「人事院規則は違憲 国公法弾圧 堀越事件 行政法研究者が証言」という記事がありましたが,この点については,人事院規則一四・七の違憲性を12年前から指摘しています.

「国家公務員の政治活動の制限・禁止について」



その2 国立大学が独法化される前の,学部等の設置認可のやり方の違法性を指摘しました.公刊されましたが今日に至るまで有力な反論は認められません.

「文部省の違法行為・従順な大学」

(「科学・社会・人間」53号,1995年7月発行に掲載)
さて,本題です.
今回のような「天引き」のことを法律用語では「特別徴収」と言うようで(もちろん「源泉徴収」という税金の給料天引きはおなじみ),今回の件では「高齢者の医療の確保に関する法律」の107条が最も関係がありそうです.というより,国側はこれで合法化しているつもりだと思われます.
http://www.mhlw.go.jp/bunya/shakaihosho/iryouseido01/pdf/hoken83b.pdf
107条を引用します.ただし読みやすいように括弧書きを註として外に出しました.
(保険料の徴収の方法)

第百七条 市町村による第百四条の保険料の徴収については、特別徴収(註1)の方法による場合を除くほか、普通徴収(註2)の方法によらなければならない。



(註1)市町村が老齢等年金給付を受ける被保険者(政令で定めるものを除く。)から老齢等年金給付の支払をする者(以下「年金保険者」という。)に保険料を徴収させ、かつ、その徴収すべき保険料を納入させることをいう。以下同じ。


(註2)市町村が、保険料を課せられた被保険者又は当該被保険者の属する世帯の世帯主若しくは当該被保険者の配偶者(婚姻の届出をしていないが、事実上婚姻関係と同様の事情にある者を含む。以下同じ。)に対し、地方自治法(昭和二十二年法律第六十七号)第二百三十一条の規定により納入の通知をすることによつて保険料を徴収することをいう。以下同じ。


(この条文も含め,関係の政令,省令が次からリンクされている.)

http://www.mhlw.go.jp/bunya/shakaihosho/iryouseido01/index.html
註1は特別徴収を(つまりおそらく「天引き」を)定義したものです.

この条文を日常言語的に読む限り,これが「特別徴収」つまり天引きを公認するものとは思えません.つまり,特別徴収は,それによる「場合を除くほか」と,条件節の中に入っているので,特別徴収自体を正当化する条文になっているとは思えないのです.それとも,法律用語では,「場合を除くほか」=「または」なのでしょうか?

かりに後者だとしても,註1による特別徴収の定義によれば,「市町村が年金保険者に保険料を徴収させ」るとあるだけで,その徴収の仕方,つまり保険料天引きかどうかについては何も示していません.これも常識的に解釈すれば,年金保険者つまり年金を支払うもの(たぶん社会保険事務所)の職員が,被保険者宅に出向いて徴収するというのが一般的でしょうし,もし天引きするにしても,被保険者の同意を得てから,というのが常識でしょう.これを無断でやるとすれば,やはり窃盗でしょう.

それとも,年金は,本人の口座に振り込まれるまでは,まだ「他人の財物」(刑法二百三十五条)になっていないというのでしょうか?しかしもしそうだすると,こんどは「徴収」という言葉が成立しません.「他人の財物」以外のものをその「他人」から「徴収」できるはずがありません.
応援のクリック歓迎 (1日1回まで)

追記:もちろん「後期高齢者医療制度」という,まさに姥捨て山の制度そのものが問題ですが,しかしこの天引き制度の問題性も別の意味で重大です.それは,「不払い」という最後の抵抗の手段,つまり「不服従」あるいは「市民的抵抗」という権利をあらかじめ奪ってしまうシステムだからです.