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映画「ジョーンの秘密」 [メディア・出版・アート]

原題はRed Joan. [追記あり、12/15]
新聞の映画欄で、原爆開発関連ということで興味を惹かれた。「ロックダウン」の解除・緩和のあと初めての映画鑑賞。映画館のサイトを見ると1日1回上映となっていて、今週にも終わるかと思い慌てて出かけたが、まだ来週も続くようだ。kino cinéma天神という新しく出来た映画館で、西鉄福岡駅から国体通りを西に500メートルほどの所にある。

イギリスの原爆開発プロジェクト「チューブ・アロイ」に関わった女性についての、つい最近、2000年に発覚した事件(実話)を元にした小説が原作だ。平凡に暮らしている老婦人宅に突然警察が家宅捜索にやってくる。容疑は「反逆罪」。原爆開発に関する機密情報をソ連に漏らしたという容疑だ。

物語は、この老婦人ジョーンへの取り調べや、弁護士である息子との対立という「現在」と、容疑の舞台となる1940年頃の、物理の女子学生が能力を買われて原爆開発チームのメンバーとなる過去の時間とがパラレルに描かれて行く。
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当時は英・米とソ連とが、ナチス・ドイツに対抗して同盟関係にあった時代。イギリスの若者たちの社会主義への共感、そしてスターリンの抑圧政治への幻滅、反感などを織り交ぜながら、主人公ジョーンの、運命に翻弄されながらも強く生きる姿が描かれる。

原爆開発をめぐる物語といえば、これを実際に完成させたアメリカのマンハッタン計画が主に取り上げられるが、この映画はその出発点となったイギリスの「チューブ・アロイ」計画と、カナダでの開発研究とが舞台となっている。原爆と女性(科学者)と言えば、すぐに核分裂の発見者リーゼ・マイトナーが思い浮かぶが、彼女は開発計画への参加を拒否することでその人間性を貫いた。この映画の主人公は、参加はしたが、マイトナーとはまた別の方法で、同じように自分の人間らしさを守った。[1401577.gif主人公が原爆開発に関する機密情報をソ連に流した理由は末尾に追記。12/15]

もちろん「スパイ行為」であることへの評価、目的の妥当性(核抑止論を連想させる)などは議論になりうるだろうが、当時の彼女が「人類全体」を第一に考えて行った真摯な行動であることは間違いない。それに比べて、ただひたすら「開発」に邁進する男性科学者たちが単細胞に見えてしまう。

個人を国家に従属させる制度である「反逆罪」を持つ国の怖さ、日本にはこのような法律がとりあえずは存在しない(*)ことの重要さも感じ取れた。

IMG_1812r.jpg深く、かつドラマチックで面白い作品。最後の最後のシーンの主人公のスピーチと、弁護士である息子の言葉に心を打たれる。星5つ。

客席は、ソーシャルディスタンス十分どころか、私を含めわずか2人だった。

(この記事と同時に映画の口コミ掲示板『映画の時間』に圧縮した内容を投稿、1件目として公開されたが、9月21日現在、いまだに後続の投稿がない。)
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* もちろん特定秘密保護法や刑法77〜79条の内乱罪、81、82条の外患誘致、外患援助罪など、使われ方次第では危険な法律もあり、また「非国民」という言葉が完全に死語ではないという状況もあるので、十分安心ということからは程遠い。
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1401577.gif[12/15追記]ジョーンが原爆の資料をソ連に流し続けた理由は、アメリカに核を使わせないためにはソ連によって均衡が保たれる必要があると考えたからだ。ちなみに、原爆に関する情報をソ連にも与えるべきだと考えた科学者は他にもいる。高名なデンマークの物理学者ニールス・ボーアもその一人である。彼は、水素原子の「ボーア模型」、つまり陽子の周りを電子が回るという、今日では常識になっている原子のイメージの提唱者として多くの人に知られる。

ボーアは戦後に原爆の技術が野放図に拡大し開発競争が起きることを恐れた。それを予防するには、この爆弾の完成前にソ連にこの計画を知らせることでソ連との間の信頼関係を築いておくべきだと考えた。ボーアは1944 年5月16日に当時のイギリス首相チャーチルと会い、そのことを伝えたが、チャーチルにこれを理解する能力はなく、むしろ政府によって敵視され、監視されることになる。ジョーンも、物理学のキャリアではもちろんボーアとは格が違うが、同じように考えた一人だろう。

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