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「校区慰霊祭」 [社会]

ireisai19t.jpgこの季節に毎年開かれる「校区慰霊祭」に参加しました.小学校区が昔の村にあたり,その村の(現在は町)の戦没者を慰霊する行事です.自治会長は全員出席が要請され,私は「主催者挨拶」の役回りでした.その挨拶の文章をここに書きとめておきます.(末尾締めくくりの文言は,同様の式典での中川村村長の式辞からの「コピペ」)
本日は,校区の慰霊祭にお集まりいただき,遺族の皆様,参列者の皆様に,主催者を代表してお礼申し上げます.

「戦後」74年ということになりますが,多くの人々の努力によって,このように74年間「戦後」であり続けていることに感謝したいと思います.

光放野区(仮名)の山には軍人墓地があり,年1回自治区で清掃をしますが,古くは日清戦争から,そして第二次大戦まで,戦没者の7基ほどの立派な墓碑が立っております(下の写真).それらの石碑の側面に彫られた文章から,と言っても大変読みにくいのですが,そこに葬られた人たちとその家族の無念を想像することができます.あらためて,このような悲劇を経験することがなかった私たちの世代は,本当に幸せだと思います.

しかし,世界を見れば戦争が絶えませんし,日本の「同盟国」とされる超大国は,古くは1960年代のベトナム戦争から最近のイラク戦争まで,常にどこかで戦争をやっています.そしてその戦争に日本は基地を提供しています.このことは,日本は「戦争を輸出している」と言うことになるのかも知れません.

また,日本国自体も,軍隊ではないはずの自衛隊の武器・武装はどんどん強力になり,予算も膨らんでいます.さらに,中国に近い南西諸島には自衛隊の新しい基地がどんどん作られています.つい先日は国会議員の口から,これは北方領土に関してですが,「戦争で領土を取り返す」という言葉まで出てきました.

これらの気がかりな状況は,今を新しい「戦前」にしないための努力が,とても重要になって来ている,ということを示しているのではないでしょうか.

ずっと「戦後」であるために何をすべきかを,そして諸外国との友好のために何ができるか考え,努力すること,これによって戦争の犠牲になられた方々の霊に報いたいと思います.

戦没者・戦争犠牲者の御霊の安らかなることをお祈り申し上げるとともに,ご遺族の皆様,参列者の皆様のご多幸を祈念申し上げまして,挨拶といたします.
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