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「ロシア・ウクライナ戦争と二重の核の脅威」-『反戦情報』5月15日号掲載分 [反核・平和]

『反戦情報』5月15日号に掲載された、拙稿「ロシア・ウクライナ戦争と二重の核の脅威」を転載します。6月15日号が発行され、旧号となったためです。

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ロシア・ウクライナ戦争と二重の核の脅威
             豊島耕一(発行後校正あり)
ロシアのウクライナ侵攻、プーチンによる核使用の脅し、そして原発までが戦火に襲われるという事態は、我々にあらためて戦争と核の問題を突きつけている。核兵器と原発という二つの核技術は、戦争によって想定される被害を桁違いのものにしている。核兵器についてはあらためて言うまでもないだろう。核の「平和利用」とされた原発は、戦火のウクライナでは今や巨大な「放射能地雷」となっている。稼働中の原発には、チェルノブイリと福島の原発事故で思い知らされたように、膨大な量の放射能が溜め込まれているが、さらに桁違いに多いのは使用済み燃料プールである。福島原発事故の時、原子炉は停止中だった4号機の燃料プールは、「宙に浮かぶ裸の原子炉」として、事故発生から1年以上も国家的な脅威であり続けた。(その燃料1,535体の全部の撤去が完了したのは実に2014年12月のことであった。)

ウクライナには稼働可能な原発がリウネ、フメルニツキ、南ウクライナ、ザポリージャの4ヶ所15基あり、ロシア軍がウクライナへ侵攻を開始した時点では13基が稼働、停止中は定期検査中だったリウネ1号とフメルニツキ―2号である。5月3日現在、稼働は7基に減っている。1986年に大事故を起こしたチェルノブイリ原発は、事故後も稼働していた3基とも2000年までに運転を終え、廃炉プロセスにある。

ウクライナの現役の原発は全て、日本やアメリカの加圧水型と同じタイプである。1982年までに運転開始のVVER440という型名のもの(リウネの4基のうちの2基)は原子炉格納容器を持たないが、1987年以降運転開始のVVER1000(他の全て)については安全性は西側同等の水準と見られている[1]。電気出力は前者が42万kW、後者が100万kWである。

各原発に貯蔵されている使用済燃料を合計すると、2017年時点で30,637体(うちザポリージャの3,354体は乾式貯蔵施設に収容)、ウラン換算で5,947tUである。ちなみに日本は2021年現在16,280tU[2]である。

原発をめぐる事態の推移
ロシアの、原発への「攻撃」がどう行われたかを見てみよう。「原子力資料情報室」のサイト[3]がロシア侵攻後の詳しい時系列情報を提供しているので、その内容を原発ごとにまとめ、かいつまんで紹介する。

<チェルノブイリ原発>
2月24日にベラルーシ側から侵攻したロシア軍がチェルノブイリ原発を占拠し、空間線量の上昇が観測されている。その後、モニタリング用ウェブページがダウンした。後に明らかになるが、この時ロシア軍部隊が、立入禁止区域内にある「赤い森」に塹壕を掘り、被ばくして入院することになったという。急性放射線症候群になった可能性があるとの報道もなされた。もちろん長期的な内部被曝を受けることになるだろうが、急性症状が出るほどの線量ではないとの報道もある[4]

9日、750kV送電線がロシア軍の攻撃により停止した結果、チェルノブイリ原子力発電所への送電ができなくなった(ウクライナ国家原子力規制局の発表)。原発自体は既に運転を停止しているので、電源を失ったことで重大な危険が生じるのは使用済燃料プールである。チェルノブイリの4基の原発のうち2000年まで運転していた3号機の分まで含めて、それらの燃料の発熱量は100kW程度で、自然冷却による余裕は1カ月程度と見積られた[5]

一方、ロシア側は翌日、これはウクライナ側の変電所と送電線への攻撃によるもので、非常用ディーゼル発電機はロシア側技術者が速やかに稼働させたと発表。ベラルーシ側からの送電により電力は復旧したと述べたと報じている。14日にはウクライナ側も送電の再開を発表した。

ロシア軍はチェルノブイリから3月31日に撤退を開始、翌日ウクライナ側もこれを確認した。4月10日、原発の作業員のローテーションが実施されたが、道路橋が破壊されており、ベラルーシ共和国を経由する鉄道ルートも使用できないため、プリピャチ川を船(水上バイク?)で渡ってローテーションが実施されたという。

<ザポリージャ原発>
2月末から3月初めにかけてロシア軍は、ウクライナ東南部に位置するザポリージャ原発にも侵攻する。3月4日、ウクライナ国家原子力規制局は1号機の原子炉建物が損傷したこと、使用済み燃料乾式貯蔵施設に2発の砲弾が当たったことを発表した。

3月7日、ザポリージャ原発には(ロシアの)約50台の重機、少なくとも400人のロシア側部隊、14人のロシア側ジャーナリストが入ったと、ウクライナ原子力公社が発表した。送電線の切断も起こっている。

ウクライナ原子力公社は12日、ザポリージャ原発の幹部が、ロシア側から、同原発はロシアのRosatomの所有となること、Rosatomの基準に従って運転しなければならないと通告を受けたと発表、職員はロシア側の銃口の元、業務を実施すると話しているとのことである。一方IAEAのグロッシ事務局長はRosatomの社長との電話会談について、Rosatomはザポリージャ原発に同社の専門家が限定的に滞在しているものの、Rosatomが運転管理を行っていることや、同社の「管理システム」下におくことを意図したものではないとの見解を示した。

3月18日、IAEAはウクライナから、ザポリージャ原発は3本目の送電線が切断されたものの、待機中含め、2本が接続されており、安全上の懸念はないと報告を受けた。4月29日、ウクライナ南部の330kV送電線が損傷したため一時出力を下げたが、翌日復旧している。

<他の原発>
ザポリージャとチェルノブイリ以外の3つの原発は攻撃を受けていない。ただ、ウクライナによれば、南ウクライナ原発に4月16日に巡航ミサイルが飛来したという。またウクライナ西部のリウネ原発では、3月23日、原発に核燃料を輸送したロシアの会社の社員4名がウクライナ側に拘束されているとロシア政府がIAEAに報告した。ウクライナ側は逆に保護を主張している。この4名は4月12日に捕虜交換によってロシア側に還されたとのことである。

今までのところ、原子炉や燃料プールが損傷を受けるような事態には至っておらず、不幸中の幸と言えよう。当初、メディアでは「ロシアが原発を攻撃」という表現が見られたが、原発それ自体を攻撃すれば何が起きるかロシアも知らないはずはない。目的は原発を占領して、電力を支配することであっただろう(だとするとなぜチェルノブイリを押さえようとしたか疑問が残る)。しかし、ただでさえ危険な原発のことであり、戦闘の中でどのような不測の事態が起きるかわからない。燃料プールをミサイルが直撃すれば、福島原発事故で「東日本壊滅の危機」と言われた、まさにその事態が起こりうるのだ。燃料プールの放射能は原爆の比ではない。ウクライナに比べて原発は2倍以上、使用済燃料も3倍近く持つ日本にとって決して他人ごとではない。たとえ「専守防衛」でも、国土を戦場にするような事になれば、日本列島全体の運命を天に任せるということになるだろう。

ヨーロッパの核兵器配備の概要
プーチン大統領はウクライナ侵攻開始から4日目の27日、戦略核部隊に「特別警戒」を命令し、核兵器使用を示唆した。その後も同様の発言を繰り返している。ラブロフ外相の「国家の存続が脅かされれば使用され得る」という言葉[6]は、国際司法裁判所が1996年に「核兵器は国際法違反」と断じた「勧告的意見」のE項、「国家の生存そのものが危機に瀕しているような自衛の極端な状況において、核兵器の威嚇または使用が合法であるかまたは違法であるかを決定的に結論することはできない」というフレーズを利用する意図があるのかも知れない。

残りの紙幅では、ヨーロッパの核の配備の状況を概観してみる。3年前に失効したとは言え「中距離核全廃条約」の期間が長く続いたので、欧州にはアメリカの核は配備されていないかのような錯覚を持ちそうだが、航空機搭載の戦術核はれっきとして存在している。まず、核兵器国として自前の核を保有・配備しているのは英仏の2カ国で、英国は全て、フランスも主に潜水艦搭載で、それぞれ120発、280発を配備している。アメリカの核弾頭はベルギー(Kleine-Brogel)、ドイツ(Büchel)、イタリア(Aviano、Ghedi)、オランダ(Volkel)にそれぞれ20発、トルコ(Incirlik)に50発が配備されている[7]。ウクライナは旧ソ連からの分離独立時に、配備されていた核を全てロシアに引き渡している。
nukes-midE2.jpg
 -西ヨーロッパ配備の核(英仏以外は米国の核。トルコの配備基地は実際はさらに東)-

対してロシアは戦略・戦術核合わせて4,330発を配備または貯蔵しており、数の上ではアメリカの3,800発より多い。戦術核に関しては全て中央貯蔵されているとしている。

キューバ危機の再来とも言える危機的状況が続くが、多数の原発の存在は、核使用による惨事が桁違いのものになるという点で、当時とは大きく異なる。原発は放射能の量、半減期の長さの点では、原爆とは比較にならないのである。特に、使用済燃料施設を核が直撃すれば、ヨーロッパの小国の面積に匹敵するほどの土地で、百年以上にわたって人が住めなくなるだろう。「75年間は草木も生えない」がリアルとなるのである。これがヒロシマ、ナガサキとの大きな違いである。この戦争で、核兵器禁止条約全面実施の緊急性を多くの人が学ぶことを願うばかりである。

この文を書くにあたってヨーロッパの軍事基地の所在をグーグルマップで何箇所か調べたが、ズームアップするごとに新しく見えてくる基地の多さに驚愕した。なぜこんなに、どこにもここにも作ってしまったのか? カントは200年以上前に「常備軍そのものが先制攻撃の原因となる」と書いた[8]。護憲勢力の一部にもある、常備軍を前提とした「専守防衛」論 — 紛れもない解釈改憲 — からも脱却する必要がある。現に、ウクライナがまさに行っている「専守防衛」の戦争がいかに悲惨な事態に発展しているか、武器の巨大消費イベントになっているかを見れば明らかだろう。「攻められない・攻めない」政治を構築するとともに、非軍事の国家防衛、すなわち「代替防衛」(alternative defence)の方法論の研究が急務である。
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[1] 旧ソ連圏の原発の安全性についての参考文献:森谷渕「VVERの安全性と国際協力」, 日本原子力学会誌, Vol.35, No.10(1993)  https://www.jstage.jst.go.jp/article/jaesj1959/35/10/35_10_905/_pdf
[2] 単位tU(トンウラン)は使用済燃料の重量を表す単位であり、照射前金属ウラン質量に換算したもの。
[3] 原子力資料情報室 ウクライナ原発状況アップデート https://cnic.jp/41496#update
[4] ニューズウイーク日本版4月1日付
[5] 日経クロステック,2022.3.11付、神戸大・牧野淳一郎氏の記事。
https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/column/18/00001/06629/
[6] 時事、3月23日。https://www.jiji.com/jc/article?k=2022032301036
[7] ピースデポ「核兵器・核実験モニター」574-5号(2019年9月1日号)
[8] イマヌエル・カント「永遠平和のために」、邦訳が多数出版されている。

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宗純

ウクライナに侵攻したロシア軍が真っ先に行ったのが未曾有の核事故を起こした(現在は停止中の)チェルノブイリ原発の占拠と言う不可解な行動なのですが、
この意味不明のロシア(プーチン)について、元原発技術者でエコノミストの大前研一が2022/06/08 9:00PRESIDENTオンライン
大前研一「プーチンの怒りの根源を見抜けなかったゼレンスキー大統領は、決して英雄なんかではない」
「政治家に恵まれていない国」に降りかかった悲劇
によると、
ウクライナは旧ソ連における核開発基地だったため、ソ連解体後も大量の核が残されていた。・・1994年OSCE(欧州安全保障協力機構)会議(ブダペスト覚書)によって、ウクライナは非核兵器国となった。

ところが、ゼレンスキー氏は自身の支持率回復を狙うために、「ロシアによるクリミア併合のようなことがウクライナに起こるのは、自分たちに核がないからだ」と、ブダペスト覚書に異議を唱える始めた。
なにしろウクライナは核開発のノウハウを持っており、優秀な技術者も多数有しているので、その気になれば、実際に核を保有できてしまう

このような事情で、今回のウクライナへの武力侵攻で、プーチンは真っ先にチェルノブイリ原発を占領させたのだ。
1986年4月の原発事故以来、すでに機能していない。しかしながら、使用済み核燃料が保管されている。言い方を換えれば核兵器の材料となるプルトニウムが山のようにあるのだ。ロシアとしては、ウクライナに核兵器をつくらせないために、これを押さえる必要があったのである。

ロシア軍はさらに、ウクライナ南東部に位置するザポリージャ(ザポロージェ)原発を占拠し、その西にある南ウクライナ原発にも迫っている。

もちろん、この大前研一説が正しいかどうかは不明だが、ほぼ唯一のロシア軍チェルノブイリ占拠に対する説明なのですか不気味。

ただし、もしもウクライナが密かに核武装を企んでいたのでロシア(プーチン)が侵攻してネオナチ政権打倒云々(大前研一)が正しいとすると、ロシア以上に(密かに核開発を目論んだらしい)アメリカの逆鱗に触れて殺されたらしい韓国大統領の朴正煕や、台湾総統の蔣経国の前例があり、プーチンがアメリカ(バイデン)に頼まれて侵攻した出来レースの可能性が高いことになる
by 宗純 (2022-06-22 09:54) 

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