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ウクライナ戦争から何を学ぶか--護憲派も-- [反核・平和]

(追記あり。5日深夜)+7日、緊急リンク追加:チョムスキー、「ウクライナの危機で米ロの対立が激化すれば、それは人類への“死刑宣告“になる」, 小西誠氏による引用
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「敵基地攻撃能力」などという、9条の条文にも精神にも真っ向から挑戦する考えに、新聞にもしばしば登場する著名な国際政治学者・田中明彦氏までが賛成したというから驚く[1]。(もっとも彼は、アメリカのイラク攻撃を支持したようだから、不思議はないのかも知れない。)

ウクライナ戦争を奇貨とばかりに、9条改憲の動きが加速する恐れがある。護憲派こそ、これを全国民にとっての学びとするよう努力しなければならない。この、そもそも9条を「効かせる」、つまり「効憲」の目的で作った当ブログとしても、少しでもそれに寄与したいと思う。

目次:「専守防衛」論?武装自衛と非武装平和との比較の枠組み比較表の時間発展侵略軍と防衛軍の間のパリティ

「専守防衛」論?
まず、護憲派にも存在すると思われる、「専守防衛」論が、いかに非現実的かが明らかになったと思う。こう言うと改憲派のような印象を持たれるかも知れないが、そうではない。たとえ「専守防衛」であれ、軍事力で防衛した結果がどうだったかを、ウクライナ戦争は我々に示していると言うことだ。

この戦争では、おそらくウクライナ側はロシア内には(一部の例外はあるかも知れないが)攻撃を加えておらず、「専守防衛」の範囲で戦ったと思われる。つまり、「専守防衛」でも、武力を用いればあのような惨害が起こりうるということだ。

戦前の事情がどうあったにせよ、安保理に諮ることもなく一方的に他国に軍を進めたロシアには、いかなる言い訳も成り立たないだろう。しかもロシアは安保理の常任理事国なのである。(アメリカがイラク戦争を始めた時は、その理由はデタラメであったが、安保理に提起するという手筈だけは踏んでいた。)

そのような侵略に対して、独立国は、武力も含むあらゆる方法で抵抗する権利があるのは当然だが、どのような抵抗が最も犠牲が少ないかは別問題である。元自衛官の小西誠氏が提唱した、「無防備都市」や「無防備地域宣言」で住民の安全を守るのが、最も犠牲を少なくできただろう。(逆に、伊勢崎賢治氏が批判したように、ゼレンスキー大統領が住民に火炎ビンで抵抗するよう呼びかけたのは、戦闘員と非戦闘員の区別をなくし、犠牲を拡大する。)

武装自衛と非武装平和との比較の枠組み
次に、武装自衛と非武装平和との、いわば「公平な」比較の枠組みを紹介したい。2020年12月10日の記事や、その2ヶ月前の記事に使った表によるものだ。
前者の記事の一部を再録する(一部語句を修正)。
学術会議の軍事研究否定の姿勢についても、これを擁護すべく多くの論陣が張られなければならないが、それへの小さな貢献として、まずは、直接的な関係はないが「一般的な防衛論議」について触れてみたい。この問題を、「もし外国から軍事攻撃されたらどうするのか」という質問に始まる、いわば「逐条的」な議論を始めるとしばしば長々しいやり取りになってしまう。したがって、初めからそれこそ「総合的・俯瞰的」に把握した方がよいだろうと考え、表のように整理してみた。軍備維持・増強と軍備撤廃・縮小それぞれのメリット、デメリットを、平時と戦時に分けて表にしたものだ。何か漏れている要素があれば指摘していただければありがたい。

軍事力肯定派はこの表のオレンジ色の対角線の部分だけを主張し、逆に非武装派はウグイス色の逆の対角線の部分だけを主張する。一度に全部を俯瞰することでより冷静な議論の助けになるかも知れない。人間対人間、国家対国家の関係を十分な確度で予測することはできないし、安全保障の完全な方法もない。何がより賢いか、という選択の問題だからである。 arm-disarm.jpgPDFはこちら
この表は、一見しただけでは軍事力肯定論も非武装論も一長一短ということになるが、時間の要素、つまり未来への展望の点では、非武装派に部があるだろう。軍事力否定を選べば平和な未来につなげる協力への道が開けるが、軍事力を選べば現状が固定されるか、軍拡に向かう未来がある。自らが積極的に軍縮を選ばずに他国にそれを呼びかけることはできないし、また世界が自発的に軍縮に向かうことを期待するのはあまりにも楽観的過ぎる。

この表から得られる私の結論は、軍事力によらない防衛、「代替防衛」[注2]と呼ばれる方法でこの表の右下2つのデメリットを補うと言うものである。また、カントの「永遠平和のために」は今こそ広く読まれるべきだ。この200年以上前の著作には、古いどころか今まさに実現に取り掛かるべき実際的なことが多く書かれている。その第三条項「常備軍は時とともに全廃されなければならない」[注3]には、常備軍そのものが先制攻撃の原因となる理由も書かれている。
比較表の時間発展
実はここからが新規の部分だが、上で触れた「時間の要素」も取り入れたイラストが次である。比較表のそれぞれの部分が時間とともにより重要な要素になるか、その逆かを、それぞれの面積で表している。(3Dの描画ソフトなどは持たないので、画像のレタッチソフトで苦労してこしらえたものです。そのため上部と下部の面の遠近法は完全には一貫しません。)
  軍縮、軍備撤廃を選ぶ国が増える未来 --非武装のメリットが拡大
timedevlop.jpg
  軍拡ないし軍備維持の国が存在し続ける未来 --不安定さが続く
armdisarm1.jpg
あなたは、どちらの「時間発展」を選びますか?

(続き--5日深夜、追記)
侵略軍と防衛軍の間のパリティ
どの国も、どの国民も、自分の国の軍隊を「防衛のためのもの」と信じ込んでいるだろう。しかし、国民が間違った、好戦的な指導者を選んでしまった場合、その軍隊を自動的に無力化するような安全装置は組み込まれていない。実際、そのことを今ロシアに見ているのだろう(アメリカの場合は昔からずっとであるが)。かつてソ連の軍隊は、ヒトラー・ドイツに侵略され、他のどの国よりも大量の犠牲者を出した上で、国土と国家を防衛した。間違いなく防衛の軍隊であった。しかし今は違う。

ロシアに限ったことではない。日本も、過去にはそうだった。このようなことを理解せず、「防衛」省だ、「自衛」隊だと、名前のとおりに信じ込んでしまうのを、それこそ「お花畑」と言うのだろう。

ある時刻において他国と軍事衝突が起きた時、国の軍隊が防衛の軍隊であるか、侵略の軍隊であるかは、単純な数学としては確率半々であることを論じたが[4]、日本に限らず、この自明の「定理」をベースに防衛問題を考えている人がいるとは到底思えない。単純な数学だけの話とバカにしてはいけない。議論の出発点を誤れば、いい加減な結論しか出てこないのだ。

もし一国が常備軍を持つなら、それと同じかそれ以上の熱心さで、それが侵略軍になることを予防するための独立した組織を、強い国家機関として用意しておかなければならない。しかしそのような思考を巡らせる政治家は世界中にいるのだろうか?


[1] 西日本4/4の記事に、政府のヒアリングの対象となった有識者の一覧があり、2月2日に開かれた2回目の出席者5人の中に田中氏が入っている。記事本文に、この回では出席者「全員が能力保有は必要とした」とある。
[2] マイケル・ランドル「市民的抵抗」(新教出版,2003年)第5章参照。
[3] 第三条項の全文は次に転載。 https://pegasus1.blog.ss-blog.jp/2007-05-05
[4] "「攻められる」ことと「攻める」こととの等確率性−−数学における平和教育?−−"参照。
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宗純

困った話だが今回のロシア軍ウクライナ侵攻で、今のままでは6月告示の参議院議員選挙での日本共産党は大負けすることは確実です。
これは古くは1983年9月の大韓機撃墜事件直後の総選挙
一番日本共産党の被害が大きかったのは消費税導入直後で大勝利が確実視されていたのに中国天安門事件で大敗したいわゆるマドンナ選挙
最も腹立たしい、馬鹿馬鹿しい例では韓国軍哨戒艦が真っ二つに折れて沈没して乗員の半数が死亡した2010年3月天安艦沈没事故直後の参議院議員選挙の大敗。
天安艦沈没事故では、実は韓国野党は「北朝鮮の魚雷で沈没は政府による偽装だ」と主張して統一地方選で大勝利しているのです。
正しく批判したなら、日本共産党も十分勝てたのですよ。政府与党と同じ「北朝鮮が悪い」と連呼していれば負けて当然。今回も全く同じで「ロシアが悪い」と政府自民党と同じ主張なら結果は最初から分かっています。志位和夫等施行部の判断ミスの責任は大きい
by 宗純 (2022-04-08 08:59) 

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