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非暴力行動で世論を動かす--アンジー・ゼルターの新しい本 [メディア・出版・アート]

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イギリスの平和運動家アンジー・ゼルターさんがこの2月に、自身の活動についてまとめた本"Activism for Life"を発行しました。
https://www.yumpu.com/en/document/view/65322280/activism-for-life-by-angie-zelter-sample
activism-for-life-by-angie-zelter-sample.jpg251ページのボリュームある本で、彼女の多様な活動歴がまとめられています。始めの2章を読んだところですが、まず日本で見かけることのない貴重な、しかも面白い本に間違いありません。たとえ少数であってもメディアを引きつけ、仲間を増やし、社会に影響を与える、そのような活動の方法、ノーハウが詰まっています。

女性たちだけで米軍基地への侵入を繰り返し、ついには閉鎖に追い込んだ「グリーナムコモン」運動に始まり、地元での「スノーボール」キャンペーンの話に続きます(2章まで)。

「スノーボール」はソ連に対抗してアメリカがヨーロッパに中距離核(INF)を配備しようとしたのに対する抗議で、全ヨーロッパで同様の運動が盛り上がり、ついにこれを全廃する条約が米ソの間で締結されました。平和運動の成功例と言っていいでしょう。

その部分の一節を、仮訳して引用します。(原書29〜30ページ)
スノーボールキャンペーン(運動)は、プレスを伴って3人で始まり、スカルソープ米軍基地でフェンスのワイヤーを公然と切断し、その後、1か月間隔ごとに参加者が3倍になり、始動しました。 私たち9人で第2段階が行われたとき、警察は、しりすぼみになるまでの時間について賭けを始めました。1か月後、27人になりましたが、翌月は81人(3の4乗)を完全には達成できませんでした。そこで、私は別のことを学びました。不可能な目標を設定して物事を難しくしないことです。人生はゲームのようにきっちりとは行きません。そして、物事が計画どおりにうまくいかない場合は、即席に、間違いを受け入れ、現状に適応して、別の方法でキャンペーンを続けます。

そこで、私たちはそのアイデアを他の米軍基地に広め、垂直方向ではなく水平方向に雪だるま式に進みました。資料のセットを書いて発送することで、人々が簡単に参加できるようにしました。これにより人々はアイデアをまねて、地元のそれぞれの拠点でそれを実行できます。私たちのスローガンの1つは、「フェンスに座らないでください。それを切りましょう!」でした。このスローガンを掲げて、再利用可能な封筒ステッカーを配布しました。ピーター・メルシェット卿、ドーラ・ラッセル伯爵夫人、ビリー・ブラッグ、ブルース・ケントなど、国家的なセレブや有名人に、フェンスのワイヤを切るように一生懸命働きかけました。 もちろんたくさんの地元の有名人も私たちを支えてくれました。

非常に多くの人々が関与し、地元のフェイクナム治安判事裁判所に出廷しなければならなかったため、地元の裁判所と新聞はすべてこの件であふれました。 1986年2月に2週間にわたって50人が裁判にかけられたとき、裁判所は歴史上最長の審理を行ったと報道されました。通常、小さな裁判所は週に1回だけ地方の治安判事と面会しますが、彼らはロンドンから有給治安判事を呼ばなければなりませんでした。法廷は傍聴を求める人でいっぱいで、これが素晴らしいコミュニティの奮闘だったことを覚えています。私はその週にかなりの数の審理中の事案があり、初日に、判事が以前に被告を裁いたことがあれば間違いなく彼に影響を与えるので、同じ人が関与する事件を判事が担当しないという保証を求めました。彼はそうしないと約束しました。しかし、私が再び翌日出廷した時、彼は私に対するこの2番目の訴訟にかかりました。私は彼が昨日言ったことを彼に思い出させましたが、彼は私を無視して、私が何も言わなかったかのように審理を続けました。それで、私は被告席から出て傍聴席の方に行き、新聞を取り出して読み上げました。それから彼は私が座っていた被告席に向かって話し続け、私への回答を演じました!それは最も奇妙で本当にとても面白かったです。私は裁判官と弁護士の特異体質について多くを学びました。裁判官は10日から3週間にわたる、かなりの数の懲役刑を言い渡したので、私たちの多くは刑務所に入るる経験をしました。地元の新聞には、これら普通の地元の人々が刑務所に入れられる理由についての記事が載り、核兵器にまつわる問題を取り上げました。私は全部で10件のスノーボール事件を起こし、法廷の後ろに座るという命令を拒否した「法廷侮辱罪」の6日間を含め、合計64日間の拘留の判決を受けました。しかし、私は、刑事法院で開かれたスノーボール陪審裁判では一件だけ無罪判決も受け、勝訴しました。

スノーボールはスコットランドとウェールズに広がり、「ワールド・イン・アクション」のドキュメンタリーの一つがこのキャンペーンをテーマに作成され、テレビのゴールデンタイムで放映されました。英国中を移動していると、スノーボールキャンペーンに参加し、活動を続けていると言う人々に今でも会っています。それが運営された3年間で、私たちは大量破壊兵器という違法で非倫理的な武器に対する膨れあがる騒動に私たちの声を加えることができました。
この後、罰金を「払う」ユニークな方法など、ユーモラスな記述が続きます。

現在日本では、INFならぬ自衛隊の対艦ミサイル部隊が琉球弧(南西諸島)に配備されようとしています。これを阻止するための運動へのヒントも得られるのではないかと思います。「日本で使える戦術ではない」と簡単に片付ける前に、日本でできることとユーモアとを工夫することが大事かと思います。

なんとか翻訳出版できれば素晴らしいと思っています。

本の中にも書かれているゴイル湖の核兵器関連施設の「非武器化」事件(とその無罪判決)については、日本でも支援サイトを立ち上げてささやかなキャンペーンをしました。そのサイトがホストの都合で最近閉鎖になっていましたので、次に復刻しました。(資料保存のためで、更新はありません。)
ゴイル湖の平和運動家を支援する会
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