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玄海原発再稼働についての意見を佐賀県に提出 [仕事とその周辺]

cover.jpg「脱原発佐賀ネットワーク」で昨年11月9日に佐賀県に玄海原発の再稼働を認めないよう申し入れした際,県が設置を予定していた「第三者委員会専門部会」への推薦者リストを提出していました.
http://byenukes-saga.blog.so-net.ne.jp/2016-11-09
その中に私の名前もあったので,県は私にも意見の提出を求めて来ました.そこでその様式にしたがって3日にメールで提出しました.その内容を公表します.いずれ県のホームページにも掲載されるとのことです.1401577.gif掲載されています.
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「簡潔に」との要求なので,出来るだけ短くしたつもりですが,なにぶん複雑な問題なので,2,3ページというわけには行きません.大きく4つの項目で論じていますが,3と4はこれまであまり言われていないことかと思います.
【意見のポイント】と【理由】の大きな項目建ては県の書式によるものです.
 pdfファイルはこちら. 項目番号クリックで「理由」の該当箇所に飛びます.
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【意見のポイント】
1.原子力発電は,次のような様々なデメリットを考えれば,他に電力生産の方法が多くあることからも,そのメリットは全く取るに足りないものである.
(1) 過酷事故による人的・社会的被害,影響の巨大さ
(2) 10万年後の子孫の世代にまで負の遺産を残すという極端な世代間の非倫理性
(3) 仮に過酷事故がないとしても,ウラン採掘から原発の定期検査時に至る作業者の被ばく,放射能の環境への不可避的な放出による住民の被ばくなど,その全プロセスで人々に健康被害を及ぼすこと.

2.規制委員会による審査は,「世界で最も厳しい水準」であるどころか,水蒸気爆発の可能性の無視や,住民避難の問題を含まないなど,世界の常識からも外れており,「安全・安心」から程遠いものであること.

3.ウラン資源の埋蔵量は,そのエネルギー発生量で比較して天然ガスの半分以下しかないことから,持続性の点でも他のエネルギー源に劣り,CO2削減にも大きな効果は期待できない.

4.原発に関しては,その影響が現れるまでに非常に長い時間を要することがらが多いため,権限を持ち何らかの決定に関与した個人がその責任を問われることがないか,稀である.このため,組織における現在の時点での個人の責任,良心の問題に焦点を当てることが特に重要である.

【理由】
1.原子力発電のデメリットは以下のように巨大である.
(1)過酷事故による人的・社会的影響の巨大さ
 チェルノブイリ原発事故は,直接に多くの作業員の命を奪っただけでなく,広範囲の住民に健康被害を及ぼした.甲状腺ガンだけでも,事故当時子どもや青年であった人々の6,000件のうちのかなりの部分が事故の影響とされている(「原子放射線の影響に関する国連科学委員会」2008年報告書).心臓病の多発も報告されている.
 福島第一原発事故では,福島県の子どもの甲状腺ガン(疑い含む)は183人にもなるが(昨年12月27日公表の福島県民調査の結果[注1]),これは通常の発生率に比べて極めて高い.また,福島県だけでなく関東・東北の広大な地域の土壌が汚染されている.福島県の避難者も,福島県の発表で未だに8万人を数える.

(2)極端な世代間の非倫理性
 原子力発電所の高レベル廃棄物は10万年もの長期にわたって生活圏から隔離しなければならない.これは,それを利用する期間(せいぜい100年)とあまりにも桁違いであり,一世代を30年とすると実に3,000世代以上の未来の子孫にまで負の遺産を背負わせることになる.このような行為の不道徳性は,それこそ「異次元的」と言うべきだろう.

 なお,佐賀県主催の「県民説明会」で配布された資源エネルギー庁の資料の67ページには,この時間,すなわち「有害度が低下するのに要する時間」が核燃料サイクルによって8,000年や300年に短縮されるように記述されている.しかし「もんじゅ」の廃炉によりこの技術は振り出しにもどっており,実現の見通しもない.そのような技術にもとづく架空の数字を,使用済み燃料に含まれる核種の半減期にもとづく10万年という客観的な数字と同列に並べることは人々に誤解を生じさせる行為である.

(3)原発の稼働にともなう作業者や住民の被ばくの問題
 玄海原発で特筆されるのはトリチウムの放出が国内の他の原発に比べて突出していることである.稼働していた2012年までの11年間で累積826兆ベクレルを環境に出している(九電発表).これは福島原発事故の汚染水タンクにある817兆ベクレル(2014年の東電発表)を上回る.

 トリチウムは放出ベータ線のエネルギーが小さいためベクレル当たりの被ばく線量は小さくなる.しかし生体に容易に取り込まれ,水素として生化学的にも重要な元素であるため,特別なリスクがあることを欧州放射線リスク委員会(ECRR)の2010年勧告が指摘している.すなわち「核変換と局所線量 水素結合と酵素増幅」による強調効果である[注2].また,ベータ線のエネルギーが小さいことは,ベータ線によるイオン生成のダメージと[注3],核変換つまり元素転換による影響とが同一の細胞内で起こる可能性が高いこともリスクを高める要因となろう(2ヒット効果).

 玄海原発に近いところほど,また原発稼働前よりも稼働後の方が,白血病の発生率が有意に高いことが森永徹氏(元・純真短期大学講師)によって指摘されているが[注4],この事象と原発からのトリチウムとの関連性が疑われる.

2.規制委員会による審査内容の問題
 政府は,「世界で最も厳しい水準の規制基準に適合すると認められた場合には,その判断を尊重し原子力発電所の再稼働を進める」としており[注5],佐賀県主催の「県民説明会」で配布された資源エネルギー庁の資料にもそのことが書かれている(55ページ).しかし実際には「世界で最も厳しい」どころではない.事故の際の住民避難の問題が基準に含まれないだけでなく,その実施責任が自治体に押し付けられていることは多くの人が指摘している.

 また,メルトスルー対策としての「コア・キャッチャー」の設置というヨーロッパの新しい基準に対して,格納容器の底に水を張るという九電の対策は,単に安上がりで見劣りするというだけでなく,水蒸気爆発を起こす危険がある.その場合格納容器が耐えられるかどうかについての質問に,規制庁は「水蒸気爆発が起きる想定をしていないので,その影響を審査で確認しているわけではない」と答えた(2月22日武雄での「県民説明会」).つまり「想定外」のリストに水蒸気爆発が加わった.

 これらの例だけを見ても,規制基準が「世界で最も厳しい水準」にあるといえないことは明らかである. 2月27日に佐賀市で開かれた「県民説明会」で私はこのことについて質問したが,資源エネルギー庁の答えは,“だいたい”世界で最も厳しい水準,というものだった.再稼働を進める条件が“だいたい”のものというのでは,そもそも「条件」という言葉に当てはまらず,詐欺的語法と言わなければならない.今後の説明の際には「世界で最も厳しい水準」という表現を削除すべきである.

3.ウランの資源量の問題
 資源エネルギー庁は「原発依存度を可能な限り低減させる」としているが(「県民説明会」資料2,25ページ),最も低減させるケース,つまり「原発ゼロ」がなぜ可能ではないかについての明確な論拠は示していない.単にCO2削減や「安定供給」,経済性などの言葉を漫然と並べているに過ぎない(同資料,主に24〜32ページ).

 ウラン資源の埋蔵量は(核分裂の)発熱量で3.11×1021ジュール,これに対し天然ガス確認埋蔵量を同じく発熱量に換算すると7.61×1021ジュールである[注6].つまり原子力は天然ガスの半分以下の資源量でしかなく,「持続性」の点では従来型燃料に劣る.高速増殖炉の実現の見通しが立たない以上,ウラン238のプルトニウムへの転換を当てにすることが出来ないからである.

 太陽光や風力などの再生可能エネルギーの技術の発展と規模の拡大の可能性は,増殖炉の技術のファンタジー的な可能性とは比べようもない.

4.組織における個人の責任,良心の問題
 原発ではその悪影響が現れるまでに,または悪影響が多くの人に認識されるまでに長い時間がかかることがらが多い.項目1の(2)で述べた高レベル廃棄物の問題はその典型である.このため,権限を持ち何らかの決定をした個人がその責任を問われることは稀であるか,あるいは全くない.組織の中の個人は数十年のスケールでキャリアを離れ,百年のスケールでは生きてさえいない.このことは組織の中での個人が何らかの決定に関わること(黙認することも含む)に対する責任の自覚を失くし,または希薄にする要因になり得る.

 したがって,原発に関わる組織の人には,個人と組織の関係,個人の良心の問題についての熟慮がより一層強く求められる.組織には,たとえ「法人」と呼ばれてもそれ自体に良心は存在しない.良心が存在するのは個人の心の中だけである.

 組織に属する個人は,たとえ自分の良心に反する行為であっても,組織の決定や上司の命令であれば無条件にこれに従わなければならないと一般には思われているかも知れない.またこのことは,良心に反する行為への言い訳,あるいは自分への慰めの材料にもなる.

 しかし新しい専門職倫理の教科書「科学技術者の倫理」には「責任ある組織上の不服従」という概念が見られる[注7].すなわち,技術者には,環境に悪影響のあるプロジェクトなどに対しては「不参加による不服従」があり得ること,その根拠を専門職の倫理または個人の倫理に置くことができること,組織体は,可能であれば良心を根拠とする要請は尊重すべきであること等が書かれている.

 組織の命令系統とは別に,個人の良心を発動させる形態としては「公益通報」(内部告発)がよく知られており,十分に告発者の権利が守られているかどうかは別として,一応の市民権を得ている.市民はこの情報をもとにさまざまの行動を起こすことが可能になるが,それは多くの場合「事後」の対応になる.これに対して「責任ある組織上の不服従」は,社会に悪影響を与える組織の活動を事前に抑止する効果を持つ可能性がある.

 世論調査には原発再稼働に反対の意見が半数を超える例も多い.このことは,再稼働を進める電力会社や行政組織に属する人々にも,同じ意見つまり再稼働に反対の意見を持つ人が多数存在することを推測させる.そのような人々は,自分の意見にはもちろん,場合によっては良心にさえ反して再稼働のための仕事に従事しているかも知れない.そのような人たちに「責任ある組織上の不服従」という概念が共有されれば,組織の盲目的な暴走に歯止めをかける可能性が生まれる.

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[注1] ガン(癌)という言葉を避けて「悪性」の文字が使われている.
[注2] 放射線被ばくによる健康影響とリスク評価 ― 欧州放射線リスク委員会2010年勧告,明石書店(2011),p.94.
[注3] 物質中を通過するベータ線のエネルギーが低いほど濃くイオン化を起こす.セシウム137ではベータ線のエネルギーが高いので「出発点」でのイオン化の濃度は小さくなり,セシウム137を取り込んだ細胞自身がダメージを受ける可能性は少ない.これに対して始めからベータ線エネルギーが低いトリチウムでは,その「出発点」の細胞がダメージを受ける可能性が高い.
[注4] 第56回日本社会医学会総会(2015年7月25・26日,久留米大学医学部) において発表.
http://ad9.org/pdfs/nonukessaga/y2017/leukaemia-genkai.pdf
[注5] 例えば経済産業省のサイトの,「1.原子力発電に関する政府の方針」の項.
http://www.meti.go.jp/policy/energy_environment/energy_policy/energy2014/anzensei/
[注6] ウランの「発見資源量」は,一般財団法人・高度情報科学技術研究機構の「原子力百科事典」によると,2011年時点で5.33×106トン.これにウラン235の割合(重量パーセント)0.711%を掛け,単位をグラムに直し,1グラム当たりの発熱量8.21×1010ジュールを掛けると,3.11×1021ジュールとなる.
天然ガス確認埋蔵量は、資源エネルギー庁の「エネルギー白書2015」によると1.86×1014m3.これに1 m3当たりの発熱量4.09×107ジュール/m3を掛けると7.61×1021ジュールとなる.
他の化石燃料との比較は筆者のブログ記事「原発容認派に届く言葉」参照.
http://pegasus1.blog.so-net.ne.jp/2016-05-23
[注7] C.E. Harris, Jr.他「科学技術者の倫理」8章,丸善,2002年および2008年.
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