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ICRP2007報告書への疑問 [仕事とその周辺]

日本語訳(1401577.gifテキスト,2019.12)へのリンクを英文末尾にそれぞれ付けています.

グリーンピースの報告書に関する記事に頂いたトラックバックは,がん死が15,000人というのは「煽り」であるとして,国際放射線防護委員会(ICRP)の最新の2007年版の報告を引用している.
http://d.hatena.ne.jp/mobanama/20080207

お分かりだろうか。微小なリスクを、地球人口60億人に掛け合わせるだけではこと足らず、40年間という期間にわたって掛け算し、それでようやく1万5000人というセンセーショナルに響く数値を出しているのである。

それでもその計算に根拠があるのなら聞くべきであるかもしれない。しかし、とんでもないことに、むしろそうするべきではないという国際的コンセンサスがあるのだ。2007年に出たICRPの新勧告には、集団線量についてこのようにかかれている。


そこで実際に問題のICRPの報告書を見てみると,実際その通りであった.mobanama69号さんが引用した部分をここに繰り返すと(第3章の「放射線防護の生物学的側面」の「集団線量」の節,76ページ.下線は引用者.):

(161) Collective effective dose is an instrument for optimisation, for comparing radiological technologies and protection procedures. Collective effective dose is not intended as a tool for epidemiological studies, and it is inappropriate to use it in risk projections. This is because the assumptions implicit in the calculation of collective effective dose (e.g., when applying the LNT model) conceal large biological and statistical uncertainties. Specifically, the computation of cancer deaths based on collective effective doses involving trivial exposures to large populations is not reasonable and should be avoided. Such computations based on collective effective dose were never intended, are biologically and statistically very uncertain, presuppose a number of caveats that tend not to be repeated when estimates are quoted out of context, and are an incorrect use of this protection quantity. →日本語訳同、画像

さらにすぐ次のページには,「切り捨てろ」と言わんばかりの表現さえ見られる.「関係するリスクの逆数」という表現も曖昧そのものだが.(パラグラフ162末尾)

When the collective effective dose is smaller than the reciprocal of the relevant risk detriment, the risk assessment should note that the most likely number of excess health effects is zero (NCRP 1995). →日本語訳

いわば「ゼロ×無限大」の見積もりで不確定さが大きくなるのはその通りだろうが,問題は,ではICRPはどんな「代案」を示しているのか,ということだ.「低い線量は切り捨てよ」という態度でないことは,5章180パラグラフの次の文章でも明かだろう.

The component of public exposure due to natural sources is by far the largest, but this provides no justification for reducing the attention paid to smaller, but more readily controllable, exposures to man-made sources. →日本語訳同,画像


それで「代案」らしいものを探してみたが,結局次のようなものしか見あたらない.

(261) In Publication 82 (ICRP, 1999a), the Commission issued guidance that in circumstances where there are planned discharges of long-lived radionuclides to the environment, planning assessments should consider whether build-up in the environment would result in the constraint being exceeded, taking account of any reasonable combination and build-up of exposures. Where such verification considerations are not possible or are too uncertain, it would be prudent to apply a dose constraint of the order of 0.1 mSv in a year to the prolonged component of the dose attributable to the long-lived artificial radionuclides. (以下略)→日本語訳同,画像

この0.1ミリシーベルト/年というのは,自然に受ける放射線の約7%である.六ヶ所事業所からの放射能,特にクリプトン85は,大気に均一に拡散して地球上の全人口を被曝すると想定されている.そのようなケースで,つまり全人類のレベルで自然放射線のレベルとの比較で議論することは余りにも巨大な値と言うべきだ.

低線量域の生物効果についてICRPはこの報告書で,「線形,閾値なし」(LNT)が現時点では妥当なものと認めている[末尾に表現上の修正あり].

(65) Therefore, the practical system of radiological protection recommended by the Commission will continue to be based upon the assumption that at doses below about 100 mSv a given increment in dose will produce a directly proportionate increment in the probability of incurring cancer or heritable effects attributable to radiation. This dose-response model is generally known as ‘linear-non-threshold’ or LNT. (以下略)→日本語訳同,画像

と言いながら,この仮定に基づいたリスク評価を,代案も示さずに「禁止」するのは全く不合理と言うべきである.

なお,グリーンピースの報告書について疑問点を一つ.「結論」の最後で(19ページ),「ヨウ素129の除去プロセス」が「決定的」と述べているが,表7によればヨウ素の寄与は全体の70分の1以下である.どうしてヨウ素129が決定的なのだろうか?

mobanamaさんのご指摘を受けて訂正します.「線形,閾値なし(LNT)が妥当」は不正確でした.今のところそれしかない,という感じでしょうか.別の箇所から引用します.第2章「勧告の目的と対象範囲」の中の一節です.LNTモデルは“リスク管理における最善の実際的アプローチ”である,という評価ですね.(まあこれを2文字に圧縮するとなれば.「妥当」でも悪くないとは思いますが・・・.)

(36) At radiation doses below around 100 mSv in a year, the increase in the incidence of stochastic effects is assumed by the Commission to occur with a small probability and in proportion to the increase in radiation dose over the background dose. Use of this so-called linear-non-threshold (LNT) model is considered by the Commission to be the best practical approach to managing risk from radiation exposure and commensurate with the ‘precautionary principle’ (UNESCO, 2005). The Commission considers that the LNT model remains a prudent basis for radiological protection at low doses and low dose rates (ICRP, 2005d). →日本語訳同,画像

それにしても,このような公共性の高い文書に著作権がclaimされ,有償でしか閲覧できないというのは全くおかしいと思います.
2019年12月現在、こちらで無償公開

原発事故後の関連記事:「ただちに健康に影響は出ない」レベルの健康影響を見るエクセルシート

(160) 集団実効線量Sは,しきい値のない確率的影響に対する線形の線量効果関係の仮定に基づいている(LNT モデル)。これに基づき,実効線量を加算的とみなすことが可能である。
(161) 集団実効線量は,放射線の利用技術と防護手順を比較するための最適化の手段であ る。疫学的研究の手段として集団実効線量を用いることは意図されておらず,リスク予測にこ の線量を用いるのは不適切である。その理由は,(例えば LNT モデルを適用した時に)集団実 効線量の計算に内在する仮定が大きな生物学的及び統計学的不確実性を秘めているためであ る。特に,大集団に対する微量の被ばくがもたらす集団実効線量に基づくがん死亡数を計算す るのは合理的ではなく,避けるべきである。集団実効線量に基づくそのような計算は,意図さ れたことがなく,生物学的にも統計学的にも非常に不確かであり,推定値が本来の文脈を離れ て引用されるという繰り返されるべきでないような多くの警告が予想される。このような計算はこの防護量の誤った使用法である。

(162の末尾)個人線量の範囲が数桁の大きさに及ぶ場合には,その分布は,集団の サイズ,平均個人線量,及び,各範囲について個別に考慮されるそれぞれ 2 桁又は 3 桁以下の いくつかの個人線量範囲に分割して特徴付けられるべきである。集団実効線量が,関連するリ スク損害の逆数より小さいときは,そのリスク評価は過剰健康影響の最もありそうな数がゼロ であることに注意すべきである(NCRP, 1995)。

(180) 公衆被ばくは職業被ばくと患者の医療被ばく(5.3.3節を参照)以外の公衆のすべて の被ばくを含む。これは,ある範囲の放射線源の結果として被る。公衆被ばくのうち自然放射 線源による分は群を抜いて最も大きいが,このことは,より小さいがより容易に制御できる人 工の線源による被ばくに払う注意を減らすことを正当化するものではない。妊娠している作業 者の胚と胎児の被ばくは公衆被ばくと考えられ,規制される。

(261) 委員会はPublication 82(ICRP,1999a)で,長寿命放射性核種の環境への計画放出 があるような事情の下では,あらゆる被ばくの妥当な組合せとビルドアップを考慮して,環境 中でのビルドアップが拘束値を上回る結果を生じるかどうかを考えるべきである,というガイ ダンスを発表した。このような検証の考察ができないかあるいは不確実すぎる場合には,長寿 命の人工放射性核種に起因する線量の長期成分に年0.1 mSvのオーダーの線量拘束値を適用す ることが慎重であろう。自然放射性物質が関係する計画被ばく状況では,この制限は実行不可 能であり,また要求されない(ICRP, 1999a)。これらの勧告は引き続き有効である。継続して いる行為からの年線量のビルドアップが将来において線量限度の超過を引き起こさないことを 確実にするため,線量預託を用いることができる(ICRP, 1991b;IAEA, 2000b)。これは,放 出の原因となる計画的な活動の 1 年間のような事象から結果として生じる総線量である。過去 の採鉱・選鉱活動のような,長寿命の天然放射性核種が関係する特別な状況に対しては,ある 程度の柔軟性が必要となるかもしれない(Publication 82の2.3節及び5.2.2節;ICRP, 1999a参 照)。

(65) したがって,委員会が勧告する実用的な放射線防護体系は,約100 mSvを下回る線量 においては,ある一定の線量の増加はそれに正比例して放射線起因の発がん又は遺伝性影響の 確率の増加を生じるであろうという仮定に引き続き根拠を置くこととする。この線量反応モデ ルは一般に“直線しきい値なし”仮説又は LNT モデルとして知られている。この見解は UNSCEAR(2000)が示した見解と一致する。様々な国の組織が他の推定値を提供しており, そのうちのいくつかはUNSCEARの見解と一致し(例えばNCRP, 2001;NAS/NRC, 2006),一 方,フランスアカデミーの報告書(French Academies Report, 2005)は,放射線発がんのリス クに対する実用的なしきい値の支持を主張している。しかし,委員会が実施した解析(Publication 99;ICRP, 2005d)から,LNTモデルを採用することは,線量・線量率効果係数 (DDREF)について判断された数値と合わせて,放射線防護の実用的な目的,すなわち低線量放射線被ばくのリスクの管理に対して慎重な根拠を提供すると委員会は考える。

(36) 年間およそ100 mSvを下回るの放射線量において,委員会は,確率的影響の発生の増 加は低い確率であり,またバックグラウンド線量を超えた放射線量の増加に比例すると仮定す る。委員会は,このいわゆる直線しきい値なし(LNT)のモデルが,放射線被ばくのリスクを 管理する最も良い実用的なアプローチであり,“予防原則”(UNESCO, 2005)にふさわしいと 考える。委員会は,この LNT モデルが,引き続き,低線量・低線量率での放射線防護につい ての慎重な基礎であると考える(ICRP, 2005d)。


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コメント 2

mobanama

コメントいただきありがとうございます。
取敢えず一点だけ。

>「線形,閾値なし」(LNT)が現時点では妥当なものと認めている.

誤読です。

>the practical system of radiological protection
すなわち放射線防護の現実的なシステムを定めることの基礎において、LNTモデルを仮定しておくことを妥当と書いてあるだけです。
by mobanama (2008-02-09 12:04) 

眠り猫

 失礼します。TBできないので、コメント欄にURLを張らせていただきます。
http://heiwawomamorou.seesaa.net/article/83768214.html
by 眠り猫 (2008-02-13 02:03) 

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