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おカネの間の引力を補正するための税制 [社会]

おカネの間の引力相互作用
 -- 物理用語の社会への応用のためのエッセイ --
  (Ver. 1.0, last update 2 Nov. 2005)

物理学の言葉や概念には,アナロジーとして日常生活や社会現象の表現として用いられるものがいくつもある.「エネルギー」などはもはや物理用語とはいえないほど日常語になっている(1).「1プラス1は3にも4にもなる」というのは,物理では非線形現象のことである.もっと転用されてもいいと思うものに「作用・反作用の法則(2)」がある.だれかに何か意地悪をすると,その人への「作用」にとどまらず,自分への反作用が,それも因果応報という形ではなく,即時に,その瞬間に働いている.つまり,自分自身の心への(悪)影響は同時的なのだ,という具合に.

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ここで提案したいアナロジーは,「引力」の「有効相互作用(3)」である.何の間に働く力かというと,おカネの間に,である.

おカネというものは集まって塊になろうとする傾向がある.つまり,富めるものはより豊かになり,貧しいものはより貧しくなるというのが,この資本主義社会における自発的な変化の方向である.基本的な原動力はもちろん,おカネを手に入れたいという個人の欲望だ.自らの努力で,あるいは濡れ手に粟で,また合法,非合法,脱法の手段で,そして道徳的,不道徳的など様々なモードで,人はおカネを手に入れようとする.そして社会的なシステムは,大きなおカネがより大きくなるのを有利にしている.このことは,おカネの間に「引力」が働いているのと結果的には同じことだ.

例えばこういうことだ.ソフトバンクの孫社長は,起業してから数億円を貯めるまでには大いに努力をしたに違いない.しかし,それが数百億円に拡大するまでに,最初の時の百倍も働いただろうか.多分そうでないとすれば,ある程度の塊となったおカネ自身の持つ力が作用した結果と言うべきだろう.

このような,モノとモノの間に実際に力は働いていないのに,結果的にそれと同じ効果が現れるのを,物理学では「有効相互作用」と言う.「有効」は英語のeffectiveの訳で,「事実上の」という意味である.

おカネの場合に問題なのは,引力しか存在しないことだ.自然界を支配する力には反発力もあって,調和のある世界を形作っている.原子や分子を形作るもととなっている力は電磁気力で,よく知られているように引力だけでなく反発力もある.つまりプラスの電気を持った原子核に引きつけられて,マイナスの電子がそのまわりを回り,原子になる.電子どうしは反発しあい,必要以上の電子は斥けられる.

自然界の力で,引力しか働かないのは,いちばん身近な「重力」だ(4).(健康に気を使う人は,毎日ヘルスメーターに乗って,「自分の体に働く地球からの重力」を測定している.) さて,これには反発力がないため,宇宙の物質はどんどんと大きな塊を作っていくことになる.もともとガスしかなかったのが,しだいに集まって太陽のような星を形成した.それらも最終的には合体して,最後には宇宙はブラックホールだらけになると言われる.

おカネも放っておけばこのようにどんどんと塊をなし,マネーのブラックホールになるのだろうか.そこまで行かなくても,実際,大企業の業績回復でため込まれたマネーは空前の額の内部留保として凍り付いている(5).もしおカネどうしの間になにがしかの反発力があれば,庶民の懐にも福澤諭吉や樋口一葉が少しは舞い戻ってきて,日常生活のレベルでも,あるいは中小企業経営のレベルでも,景気が上向くはずだ.そうならないのはおカネどうしの引力のせいだ.

このような,「引力だけの相互作用」の弊害を避けるための社会的装置の一つが,多分中学校ぐらいで社会科の基本知識として教わる「税制の所得再分配機能」であり,社会保障制度である*.ところが,ある大学の研究者によるアンケート調査(6)によると,この「所得の再配分の強化」を支持する意見はちょうど50%だった.調査の対象となったのがおカネ持ちに偏っているということでもないだろうから,ちょっと意外だ.別の設問項目では驚いてしまった.「生活に困っている人たちを社会で助けるべき」にイエスが70%を切っていたのだ.「冷たい」人が30%もいる!回収率が30%台なので,どのくらい信用していいか分からないが,「ジコセキニン」というイデオロギーの影響なのだろうか.

メディアはまたもや政府広報を,つまり政府の消費税増税策の露払いを始めたようだ.もちろん政府公報と覚られないように,適当に批判意見を散りばめたりはするだろう.しかしそれが単なる調味料に終わるのではないか,最近のマスコミ(マスゴミとも呼ばれる)のあり方を見ていると,そのように危惧せざるを得ない.

アンケート結果にせよ,メディアの論調にせよ,上に述べた税制に関する「社会科の基本知識」が忘れられているような気がしてならない.(まさかこれを社会主義と誤解してはいないだろうが.)所得格差の拡大はすでに世論の共通認識となっている.ならば,格差是正のためには,逆進的な消費税(食料品に対するものは人頭税にも等しい)ではなく,累進的な所得税や,「引力の相互作用」で固まって動かなくなっている大企業がため込んだおカネへの課税の強化こそ議論されるべきなのだ.やはりメディアは本当ののアジェンダを隠すことを最大の使命としているようだ.
                     by Professor Yamamoto
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* 補足
もちろん税制や社会保障よりももっと基本的かつ第一義的なのは,利益の分け前をめぐっての,資本家と労働者の間での「正しい争奪戦」である.これによってもカネの間の引力を少し弱めることができ,社会全体へのカネの流れを正常に保つことが出来る.ところが今や労働組合は「既得権」勢力の代名詞のように描かれ,この争奪戦のための労働者側の必須のワザであるストライキでさえ,「自粛」しなければならないような,そんな雰囲気だ.こんなアンフェアな話はない.つまり,不況の一因は労働者が自らの権利を十分に自覚していないためであり,「権利不況」とでも呼ぶべきものである.
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(1) 英語のenergy はもともと日常語だろう.
(2) 例えば,物体AがBを押すと,必ずAはBから押し返されている.遊園地の池でボートを出すとき,オールで岸を押すと逆に押し返す力が働いて,岸から離れることができる.
(3) 英語は"effective interaction".
(4) 最近,非常な長距離で反発力を示す「ダークエネルギー」なるものの存在が言われている.
(5) ある労組のペーパーに次のようにある.
「資本金100億円以上の大阪に本社をもつ大企業132社について、有価証券報告書に基づいて内部留保を調査した。中小企業は長引く不況のもとで苦しんでいるが、大企業は利益を積み増し、内部留保は25兆3767億円と、過去最高額となった。」
2005年国民春闘勝利!大阪ビクトリーマップ/大企業の内部留保と雇用創出試算/2005年 1月22日・全大阪労働組合総連合(大阪労連)
http://www9.big.or.jp/~roren/seisaku/05Vmap.pdf
(6) 大阪大学社会経済研究所 大竹文雄,「くらしと社会に関するアンケート」,2002年
http://www.iser.osaka-u.ac.jp/~ohtake/ippan/kurashi.htm


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コメント 1

真面目に変わっている人

>アンケート結果にせよ,メディアの論調にせよ,上に述べた「社会科の基本知識」が忘れられているのではないかという気がしてならない.(まさかこれを社会主義と誤解してはいないだろうが.)
人から直接は聞かないのですが、おそらく誤解している人は多いと感じます。
by 真面目に変わっている人 (2005-11-01 00:36) 

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